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膵臓癌を告知され

極めてプライベートな内容ですが、同じ境遇に陥った人に少しでも参考になれば幸いです。
個人的な事を不特定多数の方々に公開するのは、あまり気が進まなかったのですが、
この様な状況に陥って、私自身、同様のホームページから多くの情報を頂きました。
自分も情報を発信する側になって、少しでもご恩を返さなければと考えました。
ただしこれは“私の場合”です。あくまでも参考に留めて下さい。

この告知も私にとっては一つの思索テーマを与えられた様なものでした。
私は今も自分の判断と意志で、実施すべき処方を選択しています。
私の命は私自身が制御したいのです。

思えば、人が保有している唯一の資産が「自らの命」なのかもしれません。
癌は、日頃意識していないその資産について深く思索するチャンスを与えてくれます。
そしてその資産さえも、気負い無くいつでも手放す精神状態になった時、
人は解脱するのかもしれません。


健康管理センター  (2004年1月中旬)
私は、東京のある企業に勤める平凡な会社員である。 4年程前に、会社の定期健康診断で胆嚢にポリープが見つかった。 それから半年に1度の頻度で超音波診断を受けていた。
 1/16(金)
今まで、良くなるわけでも悪くなるわけでもなく推移していた胆嚢のポリープが、 昨年暮れの診断で、ちょっと大きめになっていることが判明。 会社の一機関である健康管理センターの医師から、 一般の大きな病院できちんと検査を受けるように指示された。 この時の私は、自分の身に忍び寄っている厄災のことなど知る由もなかった。 健康に自信のある私は、仕事が忙しいこの時期になんとも煩わしいことだ、 としか思っていなかったのである。
東京都済生会中央病院  (2004年1月末~3月中旬)
 1/30(金)
会社のそばに済生会中央病院がある。 仕事の合間に立ち寄れるので、そこで検査をしてもらうことにした。 大病院は待ち時間がひどく長いという先入観があったのだが、この病院は違った。 予約制だからと言うこともあるだろうが、看護婦さんも事務スタッフも 実にてきぱきとしており、すべてがスムーズで気持ちが良かった。 レントゲン撮影と血液検査は、予約無しで即日すぐに実施できた。 もし大きなトラブルが降りかかっても、ここなら安心だなと感じた。 私を担当してくれた医師はちょっと威圧的だったが、実績が豊富な感じがして信頼がもてた。 とりあえずこの日は、超音波診断とCT検査の予約をして終えた。
 2/10(火)
超音波診断とCT検査(X線断層撮影)を行った。 その中で、超音波診断をしながら検査医師が私に語りかけた言葉を、今でも鮮明に覚えている。 「胆嚢以外に何か言われたことはありますか?」 「いいえ。別にありません。」 「そうですか・・・。」 たったこれだけのやり取りであるが、この後検査医師は怪訝そうな顔つきで 何度もエコーの診断器を私のお腹に当て直したのである。 私は、この時ちょっと嫌な予感がしたのだが、 ただ、だからといってそれ程大袈裟なことになる訳はないと高をくくっていた。
 2/20(金)
検査結果を聞きに行く。 それは、私にとって実に想像を越えた内容であった。 担当の医師はこう言ったのだ。 「胆嚢ポリープの方は大したことはありません。しかし、問題は膵臓です。  膵臓の方に影があります。ここに何かある。  MR検査と、再度膵臓にターゲットを絞った専門の超音波をし直しましょう。」
 2/25(水)
MR検査。(磁気共鳴画像診断) 検査を受ける側にとっては、CT検査とほとんど変わらない。 ドーナツ型の装置に体ごとスライドして検査させられる。 検査を受ける側の違いと言えば、大きな音がする事ぐらいだ。 計測原理としては、CTと異なりX線を使用しない。 装置が磁石でできており、身体に電波をあてることによって測定する。 まるで、体全体でファラデーの実験をしているようなものか。(笑) 写されている画像に何も無ければよいのだが。 さしたる苦痛もなく検査台の上で息を止めている間、その事ばかりを祈っていた。
 3/2(火)
再度の超音波診断。 二人の検査医師が付いてくれた。 今度は造影剤の注入も行いながらの検査となった。 検査の最中、その二人の専門用語を交えたひそひそ話が気になったが、 会話の内容はまるでわからなかった。 季節は、既に春を迎えようとしていた。
 3/5(金)
主治医に検査結果を聞きに行く。 「やはり腫瘤がある。悪性か良性かはっきりしないが、確かにある。  少々苦痛を伴いますが、血管造影検査を行いますか?」 私は、血管造影検査について尋ねた。 股関節付近に針を刺して、そこからカテーテルと呼ばれる管を血管内に挿入する。 膵臓までカテーテルを押し込んで、造影剤を注入して撮影を行う検査とのこと。 カテーテルを皮下組織を通過させて血管内に挿入するため、局所麻酔を実施するらしい。 聞くからに痛々しい検査だ。 しかし、これを実施してもはっきりしない場合があるとのこと。 答えに逡巡していると、主治医は言った。 「では一度、カンファレンスにかけてみましょう。」 カンファレンスというのは、医師が集まって自分の患者の症状を報告し、 その診断をレビューする会議であることをこの時初めて知った。
 3/10(水)
担当の医師に検査結果を聞きに行く。 「カンファレンスでも、やはり悪性の可能性が高いという見解でした。  ダイナミックCTをやりましょう。予約を入れてくれるかな?」 担当医師は、看護婦さんの方を振り向きながら言った。 「今の予約ですと、来月になりますが・・・」 「だめだめ、そんな悠長なこと言ってられない。  早ければ早いほど良い。電話で交渉して下さい。」 看護婦さんは、検査室に電話をし始めた。 その性急なやりとりを見ていると、 自分の体の中で刻々と癌細胞が増殖しているイメージが広がる。 「来週早々に出来ます。」看護婦さんが受話器を置きながら言った。
 3/15(月)
ダイナミックCT実施。 ダイナミックCTとは、通常のCTとは異なり、 造影剤を急速かつ大量に注入し即座に撮影を行うタイプの検査である。 癌細胞の映像は造影剤注入直後は写るが、その後すぐにぼやけてしまうらしい。 何にしても繊細な検査だ。 癌の確定診断がいかに難しいか身をもって思い知る。
 3/19(金)
主治医にダイナミックCTの検査結果を聞きに行く。 「何故、自分が!と思うかもしれませんが、膵臓癌です。  良性の可能性も残ってはいますが、この検査結果で良性であることはまず無いでしょう。  この位置にこのような影で良性腫瘤があったことはありません。まだ初期ですから手術できます。」 今までの経緯から覚悟はしていたが、これが正式な告知であろう。 しかし私は、何故か他人事のように冷静であった。 信じたくないという気持ちがそうさせているのかもしれない。 現実を直視せねば! 自分のことなんだぞ! とにかく、手術内容を詳しく聞かなければ・・・。 この時の私には、まだ癌の手術に関しての知識がほとんど無かった。 「手術はどのような内容になるのでしょうか?」 「膵臓を半分強摘出します。  それと十二指腸、胆嚢、脾臓および周辺のリンパ節も取り除きます。」 私は絶句した。 「えっ、癌細胞の腫瘤だけを取れないのですか?」 「そんなことはできません。ショートケーキの苺だけを取ろうとしても  まわりのクリームがくっついてきちゃうでしょ。」 癌の手術の例えにショートケーキを用いるとは・・・。 それもふざけた口調ではなく、威圧的な口調のままで説明を続けていた。 私はこの医師のセンスに強い違和感を覚えたが、 それ以上に自分が今まで描いていた癌手術のイメージと、 現実の術式とがあまりにかけ離れていることにショックを受けていた。 私は、悪いオデキだけを切り取るといった単純な処置をイメージしていたのだ。 それはともかく、私はまだ自分が癌であることが信じられない気持ちが残っている。 「良性の可能性もあるとのことですが、開腹して良性だった場合は摘出せずに済むのでしょうか?」 「開腹してその場で病理検査をする場合もありますが、通常はしません。基本的に摘出します。」 私は言葉を失った。自分が重大な決断を迫られていることが少しずつわかってきたのだ。 認めたくないのだが、明らかに詰め寄られている。 将棋で次第に打つ手が無くなってくるような感覚に襲われた。 有無をも言わさぬ口調で医師が言った。 「まずは血管造影検査の予約をしましょう。」 「先日は、良性か悪性かを判断するために血管造影検査を行うと聞いていましたが・・・」 「今度実施する血管造影検査は診断のためではなく、手術の準備のためです。まったく内容が異なります。」 医師は、血管造影検査の予約シートに手を伸ばした。 「ちょっと待って下さい。申し訳ありませんが、少し考えさせて下さい。」 昔見たNHKのドキュメンタリーに“驚異の小宇宙・人体”があった。 いかに精密で強靱な機能臓器が自分の体の中に存在しているのかを感動をもって知った。 この素晴らしいシステムを取り去る決断を、こんなに簡単にしてはいけない。 他に手はないのか!? しかし私には、検討する時間をもらうことぐらいしか思い付かなかったのだ。 医師は、少々迷惑そうな表情を浮かべて念を押した。 「わかりました。しかし膵臓癌はとても早く進行します。猶予はありませんよ。」 「もし手術をしなかったら、あと何年ぐらい生きられるのでしょうか。」 「単位が違います。月です。」 言葉を失った。 私は来年の春の日射しを味わうことが出来ないのか。 5日後に来院することを約束して病院を出る。 私はボォ~としながら病院から会社へ向かう道を歩いていた。 よくTVドラマなどで本人への告知の問題を描いているが、 私の場合は、まるで盲腸の診断のようにあっさりと宣告されてしまったなぁ~。 現実はこんなもんなのか・・・。 ちなみに私はまだ盲腸はやっていない。(笑)
本腰を入れた調査  (2004年3月中旬)
それから私は、膵臓癌に関して真剣に調査を開始した。 5日以内に自分としての結論を出さなければならない。 直ぐにインターネットに飛びついた。 もしインターネットという情報収集手段を持たなかったら、私は何をしていただろうか? 書籍店や図書館に入りひたっていただろう。 しかも、情報収集の効率は極めて低かったはずだ。 しかして、確かに情報収集効率は高かったが、 膵臓癌に関するその内容はショッキングなものだった。
・早期発見が難しい(通常のCTや超音波ではまず見つからない)
・転移しやすい(膵臓を通過しインシュリンを混入させる血管が全身に癌を運ぶ)
・手術が難しい(各種血管、神経が集中している臓器で芋蔓式に摘出せざるを得ない)
・術後も不良(手術しても5年以内に転移が発見される場合がほとんど)
・自覚症状が出たときは手遅れ(自覚症状が出た時点では全身に広がり摘出手術は不能)
どのサイトの解説でも、  「他の癌に比べて成績は非常に悪い」  「数多くの癌のなかでも、もっとも死亡率の高い癌のひとつ」  「いまのところ有効な治療法はありません」 という文言が目に付く。 どうやら、膵臓癌は“癌の帝王”のようだ。 よりによって最も厄介な癌に冒されてしまった。 膵臓の機能そのものに関する知識も多く得た。 膵臓は胃の裏側に位置し、外部からの見当で言うとみぞおちのあたり。 奥行き方向で示すと、背中からもお腹からも同じくらいの距離。つまり体の中心にある。 幅3cm厚さ2cm程度で横長に15cm程度。 十二指腸に近いほうから「頭部」「体部」「尾部」の三つに分けて考えられる。 膵臓の機能は、大きく2つある。 一つは外分泌、今一つは内分泌である。
・外分泌は、消化酵素を生成し脂肪やタンパク質の分解を行う。
・内分泌は、インスリンやグルカゴンといったホルモンを分泌し血糖値の調整を行う。
前者は頭部側、後者は尾部側に機能を有する。
私は頭部に腫瘤が出来てしまった。頭部は、十二指腸と接合している他、 肝臓からの胆管や重要な血管、神経も錯綜しており、膵臓癌の中でも手術が難しく 術後の経過も良くないタイプである。まさに、King of kings .... 他にも膵臓癌に関してのいろいろな情報を得た。
・乏血性の癌。すなわち抗癌剤が癌組織に届きにくい。
・腺癌である。すなわち放射線に対して感受性が低い。
・膵臓癌の90%は浸潤性膵管癌であり治りにくい。(粘液産生膵癌は治りやすい)
・膵臓尾部の癌は症状が出にくい。(膵臓頭部の癌は管を詰まらせ黄疸などが出やすい)
・とにかく進行が早い。突然来てあまりにも速く進んでいく。転移も高頻度に起こる。
そして膵臓癌の統計的な生存率は、更に私を驚愕させた。
1年後の生存率
治癒手術を実施した場合50%
姑息手術の場合14%
手術しない場合10%
5年後の生存率
治癒手術を実施した場合20%弱
姑息手術の場合10%強
手術しない場合 2%弱
(注)姑息手術とは、症状の軽減・苦痛の緩和を目的とした手術である。 手術しても5年後に生きている確率が2割を切る。 手術しなかったら100名の内、生き残るのは2名だけ。 切除不能の進行癌は予後が悪く、平均生存期間は4ヶ月という行さえあった。 国立がんセンターの資料によれば、他の癌は年々治療技術が進んでいるのに、 膵臓癌だけは低迷し、むしろ悪化しているようにさえ見える。 ある掲示板での匿名の外科医の発言は、もっと過酷な現状を吐露していた。
  膵癌の根治切除できた症例の無再発5年生存率は一般に10-15%と言われていますが、 これは統計のマジックで実際は3%以下と言われています(早期も入れてです)。 手術できた人で、それも取りきれた人でこれですので惨澹たる成績が分かると思います。 現在5年生存を10人持っている施設は全国で5施設くらいです。 それも、胆道癌を膵癌としている可能性もあるので、、、。そんなところです。 膵癌と証明されて化学療法で治癒した症例は知りません。 したがって、我々外科医も心の中では治らない病気として対処しています。 手術しなければ可能性0%だからという理由です。
きっと、臨床医としての本音であろう・・・。 しかしこの惨憺たる実状は、かえって私に手術をしない気持ちを強くさせた。 もしこれ程の大手術を受けたら、その日から私は“病人”である。 もちろん私の体の中に“癌”があるとすれば既に病人なのだが、今私には全く自覚症状が無いのだ。 膵臓は“沈黙の臓器”と呼ばれている程に自覚症状は出にくいらしい。 しかし、ひとたび出れば、
・黄疸、白い便、赤い尿
・上腹部(みぞおちあたり)の痛み、あるいは背部痛
・便秘あるいは下痢
・食欲不振や嘔吐
・糖尿病傾向
などがあるとの事。 これらの予兆は現在の所、私には微塵もないのだ。 私の腫瘤は、膵臓頭部に3cmと診断されており、頭部癌は症状が出やすいはずなのに出ていない。 自覚症状が無いから、このような事が平気で思えるのかもしれないが、 しかし私は直感的に“手術”すべきではないと感じた。 今から1年後に死ぬことと5年後に死ぬことに、私はそれ程の差を感じない。 普通の生活をして1年後に突然死ぬのと、苦痛を伴う闘病を5年間し続けて死ぬのとを 選べと言われたら、私は前者を選びたい。 ・・・一応、これを私としての結論においた。 もちろん、正直まだ揺れている。
 3/22(月)
病院以外の所で、何らかの相談をしたかった。 手術をしないという自分の判断が常軌を逸していないかどうかを確認するためにも、 有識者の見解が欲しかった。 そこで、会社の健康管理センターへ赴くことにした。 事の経緯を説明した後、そこの医師の意見を求めた。 しかし、医師は責任ある発言は何一つ行わなかった。 立場上仕方がないのかもしれないが、参考意見すら言ってくれなかった。 「主治医の先生とよく話をして下さい」 の一点張りである。 健康管理センターの胆嚢ポリープ診断から事は始まったのだが、 もはやここでは何も得られない。私は腹も立たなかった。 自分で考え、判断し、行動するしかないのだ。 思えば病院の医師ですら、何もできないのかもしれない。 手術・抗癌剤・放射線の3つのレシピしかもっていない。 どれもよくよく考えてみれば、恐ろしいほど危険な処方である。 しかも、あまり成績が良いとは言えない。 これは私自身のプロジェクトなのだ。 自らの意志を持ってこのプロジェクトを遂行することの重要性を再認した。 他者は(医師も含めて)、支援は出来ても一緒に戦うことは出来ない。 基本的には私一人が戦闘の中心にいるのだ。
セカンド・オピニオンへ  (2004年3月下旬)
私は、未だ自分が悪性腫瘍を抱える身であることが信じられないでいた。 手術実施の有無を決断をする日が近づいている。 そんな折、インターネットで、PET(ポジトロン断層法/陽電子放出型断層撮影)という検査を見つけた。 癌細胞はその増殖力が大きいことから、他の正常細胞に比べて糖分の吸収が著しい。 この性質を利用し、放射性元素を含むブドウ糖を血管に注射し、全身の糖吸収率を 測定するのだ。アメリカでは、既に「PET first!」という合い言葉があるそうだ。 「とにかくまずはPETで検査せよ」という訳だ。 癌の疑いの中でPETを検診し、その疑いが晴れた例もあった。 もし自分の場合もその様なシナリオで進めば、どれほど喜ばしいことか! しかも、PETは一昨年から日本でも保険の適用になっている。不幸中の幸いだ。 まだこの検査装置を配備する病院は多くない中で、これまた幸いなことに、 自宅からそれほど遠くない横浜市立大学病院がこの検査設備を保有していることも知った。 この検査で良性であると判断されれば万々歳だ。
 3/24(水)
手術に関する件で済生会病院にて医師と掛け合う。 「悪性の可能性が高いと診断されていますが、良性の可能性も残されている中で、  大切な機能臓器を摘出する気になかなかなれません。インターネットでPETの  ことを知りました。ぜひ、その検査を受けてみたいと考えています。  横浜市大病院にその検査があるそうなので、そこで受けてみたいのですが・・・。」 私の主張を受けて、医師は実に事務的な口調で言った。 「まあ、いいでしょう。セカンドオピニオンですね。紹介状を書きましょう。  それと、今までの画像フィルムも持っていきますよね?  コピーを取る必要があります。これには保険は効きません。  2万円位になってしまいますが、よろしいですか?」 よろしいも何も、こちらは“命”が掛かっている。 「構いません。」 「では、紹介状とフィルムのコピーを用意しておきます。  最短で土曜日になりますが、取りにこれますか?」 「大丈夫です。」 最後に、その医師はつぶやいた。 「横浜市大ですか・・・。あそこは何をするにも遅いですよ。  あまり良い選択だとは思いませんけどねぇ~。」 これは病院を変える事への皮肉なのであろうか。 この病院に来たときの第一印象はとても良かったのだが、 その気持ちを裏切られたような気がして、少々情けない気分になった。 結局、フィルムのコピー代は3万円に達した。 実は私は、この時点ではまだ「セカンドオピニオン」という概念を知らなかった。 PETの設備のある市大病院で検査してもらっても、 基本的には主治医は、初めに診察してもらったこの病院であり、 この医師であろうと思っていたのだ。 しかし話の流れから、病院を完全に替えることになるのだなと察した。 まあ考えてみれば、もし悪性という診断が下り、結局手術を受けることになっても、 自宅から近い市大病院の方が何かと好都合ではある。 済生会病院は、患者自身が自分のカルテを受付でもらい、 それを本人が携えて、診断を受ける医科を巡るシステムになっている。 したがって、カルテを自由に閲覧できる。 私は、これでこの病院に二度と来ないこともあり得ると考え、 待合室で自分のカルテを書き写すことを思い付いた。 以下が、書き写したものである。(何故か肝心の2/10の超音波の診断記述が見つからなかった)残念! 手書きで判読不能な箇所や専門用語がわからない部分もあった。 随所に見られる“ca”という文字は、Cancer すなわち「癌」である。

●(1/31)放射線読影
 異常を認めず

●(2/10)CT
 肝臓、膵臓、脾臓の著変を認めません
 胆嚢ポリープもはっきりしません。コレステロールポリープの可能性があります。
 USでもう少し経過を見てはいかがでしょうか
 腎臓:左腎結石を認めます。

●(2/25)MR
 fat supression SPARで膵体部に辺縁明瞭な直径3cm大のlow intensity maseを
 認めますが oynamic studyで同部は正常部よりよく造影されます。
 pancreas ca.としてはatypicalな所見ですが、形状はmass様で、
 比較的vascularityの高いpancreas ca.の可能性も否定できないと思われます。
 腫瘍マーカーはいかがでしょうか?
 鑑別としては限局性の膵炎が挙げられますが、これもあまりtypicalとは言えません。

 MRCP上、膵管や胆道系には明らかな異常所見を認めません。

 GB wall に数mm大の濃染するmassを認め GB polypの所見と思われます。
 また、GB内にlow intensity massが散見され、GSの所見と思われます。

●(3/2)超音波
 3cm、わずかな石?化を伴っているようです
 ??にて多少enlme+maloynyともいえるほど乏?性ではないがやはりCaか。
 pannn man(ca?)

●(3/15)ダイナミックCT
 膵臓、ダイナミックCTにて膵臓の頭体部移行部中心に約3cm大の腫瘍を認めます。
 動脈相で、若干造影効果があるようですが、周囲よりはlow density,造影効果は
 やや遅延,典型的なenhanceのされかたではありませんが、CT上はmalignancyの
 可能性が十分考えられます。尻側膵管の拡張は認めません。
 門脈、脾静脈への浸潤を示唆する所見は認めません。
 肝臓、胆嚢、脾臓、腎臓、著変を認めません。

 Inpression)PK疑い
 3/27(土)
紹介状と今までの画像フィルムを受け取りに済生会病院へ出向く。 看護婦さんの態度も、一転してよそよそしい感じがした。 やはり、医療もビジネスなのか・・・。淋しかった。
横浜市立大学医学部附属病院  (2004年4月)
 3/29(月)
早速、横浜市大病院へ赴く。 大きな病院であるが、ここでも予約制で待ち時間は少なかった。 主治医は若い先生で、第一印象としては頼りない感じがしたが、これは私の大きな誤解であった。 今までの経緯を説明する間、物静かに耳を傾け、そして質問にはとても丁寧に答えてくれた。 まったく威圧的ではない。一緒に親身に考えてくれている。そんな姿勢が感じられた。 PETの検査は結構立て込んでいて、2週間以上先の水曜日となった。 検査結果は更に1週間後になってしまう。焦りがあった。
 4/14(水)
PET検査。 この検査で体内に注入する薬剤は、当日作製するらしい。 糖分と放射性物質の混合と思われるが、フレッシュな状態が必要なのだろう。 検査自体は、CTやMRと変わりなかった。 例のドーナツ型の装置に入っていく。 まったく苦痛はない。CTやMRと違うのは、結構時間を掛けて撮影を行うことだ。 うたた寝してしまった。
 4/21(水)
PET検査結果。 これで、反応がなければ今回の私の事件も「お騒がせしました」で終わるのだ。 「どうか“反応無し”という結果でありますように」病院に向かう間、心の中で祈り続けた。 しかし残念ながら、やはり反応が出てしまったのだ。 私の消沈した表情を見て主治医はこう付け加えた。 「PETのピーク値は4.4でした。しかし通常、癌の場合は7~11に達します。  したがって、PETの結果も典型的とは言い切れません。  また、実はPETの反応は自己免疫性膵炎でも起こります。  ですから加藤さんの場合、膵炎である可能性もまだ否定できないと思われます。  しかし膵炎であると仮定して治療するのは、今回は避けなければなりません。  何故なら、膵炎の治療と癌の治療とは正反対の処方になってしまうからです。  もし癌だった場合、治療が好ましくない方向へと助長してしまうことになります。」 私が癌であると確信した状態で手術を実施したいという希望を、 この医師はよく理解してくれていて、とても丁寧に状況を説明してくれる。 しかも手術実施の判断に関して本人の意志を尊重してくれる。とても良い医師に巡り会えた。 とは言うものの、状況は何も解決していないのだ。 更に主治医は続けた。 「血液検査を再度してみましょう。  自己免疫性膵炎である場合に反応する因子を調べることで  膵炎であるか膵癌であるかの判断材料になります。」 状況を前に進める提案に、私は感謝した。 「ぜひお願いします。」 私はもう一つ思い付いた。 済生会病院でのダイナミックCT検査から既にひと月半経っている。 膵臓癌が足が速いというのなら、現時点で再びダイナミックCTを実施したら、 その影の大きさで、癌細胞が成長しているかどうかを確認できるのではないだろうか。 主治医は、賛成してくれた。 検査の予約を一週間後に入れた。 ゴールデンウィークがあるため、その結果を聞くための予約はずいぶん先になってしまう。 仕方がない。ゴールデンウィーク明け3日後の 5/12(水) に予約した。
 4/28(水)
横浜市大病院にて、血液検査およびダイナミックCTを実施。
 4/30(金)
検査結果を聞くのは5月12日の予定だったが、横浜市大病院から会社に、突然電話が入った。 嫌な予感を覚えながら受話器を取る。電話から主治医の先生の声が聞こえてきた。   ・自己免疫性膵炎を疑う血液因子は出なかったこと。   ・ダイナミックCTでかなり明確な影が写し出されていること。   ・カンファレンスにて手術を勧めることを強く示唆されたこと。 以上の3点が、電話の内容であった。 電話口で何度も手術を受けなくていいのか念を押された。 とにかく、ゴールデンウィークが明けた月曜日に前倒しで来院するように指示を受けた。 会社に電話が掛かってくるぐらいであるから、私の癌は確定的なのだろう。 今まで癌ではないかもしれないという気持ちの中で、手術を実施するか否かを考えていたが、 これからは、癌であることをしっかりと認めた上で判断しなければならない。 それにしても、私の主治医はとても患者の意向を大切にしてくれる。 まだ「助手」の肩書きなのだが、その一種患者の逡巡を認めるような態度に対し、 上位の教授陣に強くお叱りを受けてしまったのではないか・・・。 そう思うと、ひどく申し訳ない気がした。 医師側の心配をしている場合ではないのに、不思議とそんなことが気になる私であった。
 5/6(月)
「まずはっきりさせておきますが。病院側としては膵臓癌であると診断します。  したがって、手術を強く推奨します。  一週間前に電話でも確認しましたが、再度確認させて下さい。  膵臓癌という診断を認識した上で、手術をされないご判断をするのですね。」 ゴールデンウィーク明けの来院は、ここからスタートした。 「はい。」 私は覚悟を決めたように答えた。 「それに関して、病院での先生の立場が悪くなるなんていうことは御座いませんか?」 主治医は少し微笑みながら、 「それはありませんよ。」 と答えた。安心した。 その後、もし手術をするとしたらどの様な術式になるかの具体的な話になった。 この病院に来てからずっとそうなのだが、 横浜市大病院はこのような患者との会話に一時間以上さいてくれる。 心細い患者にとっては、精神的にもとても満たされる。 「前の病院で説明を受けた手術内容と同様、膵臓を半分強、十二指腸、胆嚢、脾臓および  まわりのリンパ節を切除することになります。」 「これほどいろいろな臓器を取り除いてしまうのは、  膵臓がいろいろな組織と絡み合っているからでしょうか。」 「それもありますが、もう一つの大きな理由は転移を未然に防ぐためです。  肉眼では確認できない転移がまわりの臓器に起きていて、それを切除し残すと致命的になります。」 なるほど。そういうことだったのか。 二ヶ月前のショートケーキの例では納得できなかった理由がやっと飲み込めた。 主治医は更に続けた。 「まわりのリンパ節の除去に関しては、以前はかなり広範囲に行っていたのですが、  最近では、膵臓近傍のリンパ節のみの除去に止めています。」 「何故でしょうか?」 「臨床的に、広範囲に除去するよりも生存率が高いことがわかったのです。  リンパ節は、癌細胞を抑止する免疫力に重要な機構です。  確かに転移すると体中に癌がばらまかれる温床にもなりますが、  結局、免疫力を温存した方が成績が良いという統計的な結果だったのです。」 この医師の良いところは、現代医学の限界や過去の誤りも含めて正確に話してくれるところだ。 今まで、なんとなく手術を拒否していた私の頭に、手術否定の明確な根拠が見え始めていた。 「先生、よく手術をするとそれが引き金になって転移が始まるようなことを聞くのですが、  私は不思議で仕方がありません。  癌は風邪のように伝染する病気ではありませんよね?  それが物理的な外科手術で他の臓器に転移し始めるのは何故なんでしょうか?」 「一つは手術によって先程の免疫力が低下するという点があります。  もう一つは、癌細胞というものは実は細胞壁がぶよぶよした、実につかみ所のない形状なのです。  それが手術中の出血に混ざって他の臓器に飛び散ったりすることもありえます。  しかも肉眼では見えないほど小さい。」 機械と人間とは違う。機械の修理と人間の手術とはまったく違うんだ。 私は心の中で思った。手術は修理のような作業ではなく、 微妙で繊細でそして曖昧で、その場の執刀医師の判断がとても重要なものなのだ。 手順に基づいて淡々と行えばよいといった類の作業ではない。 外科手術とは、まるで芸術活動のようなタッチが必要なのかもしれない。 主治医の話を聞きながら、私は手術に関する認識を大きく改めた。 私は以前から何の根拠もなく何とは無しに思っていることを確認したくなった。 「先生、手術をしないで癌を治すということはできないのでしょうか?  私は、健常な人でも実は常時いくつかの癌細胞があって、  それを自己修復しながら日々を過ごしているような気がしてなりません。  だとすれば自分の力で治癒する方向に持っていく可能性もあると思うのですが。」 主治医は、ちょっと首を傾げながら答えた。 「それはありません。・・・無いと思います。」 私は次の話題に移った。 「先生、確かにダイナミックCTに影があり、PETでも反応があり、  自己免疫性膵炎の可能性も否定されてしまいました。  しかし、自分にまったく自覚症状がないからかもしれませんが、  まだ良性の可能性も残っているという気持ちが拭いきれません。  開腹して癌でないと判断される場合、切除せずに済ますという事はできないのでしょうか」 「術中に病理検査を行うということはあります。  癌細胞と思われる細胞を顕微鏡で観察し形状から判断します。  癌細胞は先程申しましたように細胞壁が不明瞭であり、  そして細胞核が正常細胞に比べて異常に大きくなっています。  その特徴を顕微鏡で確認するわけです。  ただし、その判断は病理検査の専門医でないと正確にはできません。  大変難しい判断なのです。その判断をお腹を開いている間にしなければなりません。  また、一部サンプルで採取した細胞が偶然良性であったら、判断を誤ってしまいます。」 癌の確定診断は、如何に難しいものなのか! 直接細胞を見ても、判断が難しいぐらいなのだから、 外側からの映像診断では、なかなか判断できないのは当然と言えば当然である。 「実は・・・」 主治医は続けた。 「癌の疑いの中で切除手術を行い、その後切除した臓器の病理検査で、  癌細胞が見つからなかった例もあります。」 私の主治医に対する信頼感は、針が振りきれるほど跳ね上がった。 手術を勧めている本人が、こんな事例をはっきりと提示してくれるなんて! 「しかしもし癌であった場合、早期であればあるほど手術の効果は高く、延命率も期待できます。」 主治医はちょっと間をおいて更に続けた。 「この状況ですと手術をしても賭け、しなくても賭け、という事になります。」 私は額に手をやってしばらく考え込んでしまった。 「申し訳ありませんが、またしばらく考えさせていただきますか?」 そうですか・・・、と主治医の先生は困ったような顔をした。 「先生、変なことを聞くようですが・・・  このような状況において、他の患者さんは直ぐに手術に踏み切ってらっしゃるのでしょうか?  私のように逡巡する場合は希有ですか?」 今度は、先生の方がしばらく考え込んでしまった。 「いや、皆さん同じです。加藤さんと同じです。」 私は、この先生が好きだ。 結局、一週間後の水曜日にまた来院する予約をして、この日は病院を出た。
活性化自己リンパ球療法  (2004年5月上旬)
こうしている間にも、私の癌細胞はどんどん増殖しているのだろうか? それとも、実は癌ではなく、何の問題も無くなっているのだろうか? 自覚症状の全くない私は、まるで時限爆弾か地雷を体の中に埋めているような気分で過ごしている。 現代医学の癌に対するレシピは、以下の3つしかない。  ・摘出手術  ・抗癌剤  ・放射線 癌との戦いに関しては、“免疫力”というキーワードが重要なファクタであることも知った。 皮肉なことに、調べれば調べるほど上記3つの処方は“免疫力”を低下させるものであることも知る。 ということは、西洋医学のこの3つの処方は典型的な対処療法ではないか。 そして私たち人類は、21世紀の科学力をもってさえ、癌に対してこれらの手段しか持ち合わせないのか! 悶々としている内に、新しいキーを見つけた。 “活性化自己リンパ球療法”である。 自分の血液を採取し、その中のリンパ球を外部で約千倍に増殖させた後、 体内に戻して、その活性化されたリンパ球で癌細胞をやっつけるという方法だ。 自分のリンパ球なので副作用もほとんどない。 注入後数時間高熱が出るようだが、41度以上の熱に弱いと言われている癌細胞に対して、 効果的な反応とも考えられる。 素人の私にも理解しやすい、実に理に叶った処方! これだ。これが次の私の手だ。 ただ、残念ながら保険の適用が成されていない。 ということは臨床的にまだ効果が認められていないということなのだろうか・・・。 金額もはる。 1クールは増殖したリンパ球の注入を2週間おきに6回、3ヶ月位かけて行うと定義されているようだが、 その1クールで200万円もするのだ。 でも、まさにこの方法は今の私にピッタリなのではないだろうか。 これで完治すれば安いものだ。 この療法に関して、市大病院の先生に相談することにした。
 5/12(水)
「そういうことでしたら、新横浜に瀬田クリニックという病院があります。」 主治医の先生は、具体的な情報を教示してくれた。 紹介状も、明日の午前中までに準備してくれるとの事。 済生会病院のように診断フィルムのコピー代も要求しない。 貸し出しということで準備してくれた。 活性化自己リンパ球療法で効果が出たかどうか、1クールを終えた3ヶ月後に 再び血液検査とダイナミックCT検査をすることにした。 8/25(水)の予約である。 「ただ、くれぐれも自覚症状が出るようでしたら、すぐに来院して下さい。」 「ありがとうございます。直ぐに来院して先生に見てもらいます。」 私は、3ヶ月もの間この医師に会えないことに少々不安を覚え、もう少し情報を得ておこうと思った。 「・・・あの、これは人によって異なるとは思いますが、  自覚症状が出るとしたら、今からどの位してからだと見立てているでしょうか?」 「一概には言えませんが・・・、3ヶ月から半年以内に出てくると思います。  そして早く出れば出るほど、生存率も低いと考えて下さい。」 猶予はないのだ。
 5/13(木)
午前中に横浜市大病院に行き、紹介状と診断フィルムを受け取る。 午後、それらを携えて新横浜へ。 瀬田クリニックの横浜の病院は、正確には「新横浜メディカルクリニック」という。 雑居ビルの3階にあった。 広い待合室はロビーと呼んだ方が相応しい雰囲気があった。 そこに、老夫婦が座っていた。抗癌剤を投与しているのだろうか、 婦人は頭にベールをかけているが、明らかに頭髪が薄くなっているのがわかる。 まさに、癌と闘病しているという姿だ。 それに比べると私は、申し訳なくなるぐらい表面上は健康体だ。 名前を呼ばれ、まず応接セットのある小さな部屋に入った。 そこで、若い女性の看護士から問診を受ける。 しかしこの看護士、言っては悪いがあまりに勉強不足の感あり。 癌については、ここ数ヶ月インターネットをかじった私の方が知識があるように思えた。 本格的な診断前の問診とは言え、200万円の治療をするのだったら、 もう少し実力のあるスタッフをそろえて欲しいと感じた。 いよいよ、治療室に入った。 治療室には二人の医師がいた。一人は若手の医師で、この医師が主治医のようだ。 もう一人は、脇の椅子に座っている初老の医師であった。 この日私は、リンパ療法の初日として直ぐに自分の血液を採られるのであろうと考えていた。 ところが医師は、私が予想だにしていなかった実に意外な発言をしたのだ。 「手術をしないという判断をされていますが、手術することを勧めます。」 「えっ! 手術に代わる治療として、この療法を選んだのですが・・・。」 「CT画像を見る限り、3cmほどの腫瘤が認められます。  これだけの大きさですと、リンパ球療法で効果が得られる可能性はとても低くなります。  この療法は、手術後に残る目に見えないような残留癌細胞に対して特に効果があります。」 「そ、そんな・・・」 「手術をしてから臨まれるならばお勧めしますが、この状態では実施しても期待できないでしょう。  主治医の先生とよくご相談なさって下さい。」 私は、突然すべての持ち駒を奪われたような気分になった。 やはり手術しかないのか。 どこに行っても、何にトライアルしても結局手術へと誘導されていく。 愕然としながら「新横浜メディカルクリニック」を出た。 たったこれだけのやり取りで2万円を支払った。 実に高い。しかし、効果の期待できない治療を処方されて200万円取られるよりははるかにましだ。 その意味では、ここは良心的なクリニックだったと言えるかもしれない。 家に帰り、癌を告知されているにも関わらず何の対処もしていない自分を客観的に振り返った。 3ヶ月前に膵臓癌の疑いが持ち上がってから今まで、 検査は何度となく実施したが、治療と言えるものは何一つしていない。 自分なりに最も良いと思われることを選択しトライし続けたが、ことごとく頓挫してしまっている。 もしかしたら、明日にも自覚症状が出てくるかもしれないというのに・・・。 紹介状と共に横浜市大病院から受け取った資料の中に、画像診断のカルテが入っていた。 改めて、それを眺めてみる。

●(4/14)PET
・CT、MRで指摘されている膵体部の腫瘤に比較的強い集積(SUV:max4.4)が認められる。
・上記以外に異常集積は指摘できない。

<結論>
膵体部の腫瘤は悪性の可能性が高い

●(4/28)ダイナミックCT
膵体部に造影早期相で3×2.5cm大の低吸収値腫瘤を認める。
単純CT、造影後期では周囲の膵実質と同程度のdensityを示している。
周囲脂肪織濃度に不整ははっきりしないが、冠状断や矢状断像で確認すると
膵外への腫瘤の進展も認められ膵ca.の所見として矛盾しない。
腫瘤の左側縁にSMAより分岐する血管が認められる(背側膵動脈?)。
走行が不整となっておりencasementの可能性がある。
SMA、SMVとは距離が保たれているものと思われる。
体尾部の主膵管に拡張は認められない。

・膵頭上部や脾動脈周囲に小リンパ節が認められる。
・胆嚢および総胆管に異常は認められない。
・肝内に腫瘤は指摘できない。
・脾、副腎、腎に異常はない。
・腹水はない。

<結論>
膵体部腫瘤
pancreatic ca. c/w
やはり、かなりの可能性で癌と診断している・・・。 一体どうすればよいのだ。 余命を少々延ばす手術をし、その後は副作用に悩まされる抗がん剤と放射線治療を 死ぬまで受け続けるという選択しかないのか! 私は、またインターネットで調べ始めた。 活性化自己リンパ球療法は、瀬田クリニックだけではない。 実はいろいろな医療機関で実施されている。 それぞれでリンパ増殖の方法も微妙に異なるようだ。 その中には、手術を前提としないでリンパ療法を実施する考え方の病院もあるかもしれない。 私は2つの機関に目星を付けた。「西新宿のとある病院」と「リンパ球バンク株式会社」の2つである。 「西新宿のとある病院」のホームページにはこう書かれていた。
        抗がん剤及び放射線を、どうしても受けたくない患者さん! 
  手術は、どうしても受けたくない患者さん! 
「リンパ球バンク株式会社」のホームページにはこう書かれていた。
        患者様の中には三大治療をやり尽くしてから、   免疫療法の門をたたかれる方が多いのも残念ながら事実です。   そうなりますと、ANK自己リンパ球療法もあまり多すぎるがん細胞に対しては、   時間とコストがかかり過ぎます。 がんとわかったら各治療法を検討し、   早い段階でANK自己リンパ球療法を検討していただき、   少しでも早く治療を開始していただきたいと願っております。 
とにかく、この2つに当たってみることにした。
 5/14(金)
会社の休み時間を利用して、まず「西新宿のとある病院」に電話をする。 電話口に出た受付の女性の口調は、医療関係の知識があるタイプに思えなかった。 しかし必死に状況を説明して、私はすぐに予約を取ろうとした。 ところが受付の女性は、来院する前にビデオを見るようにと言う。 宅急便で送ると言ってくる。しかもビデオは有料だと言うのだ。 癌およびリンパ球療法に関しては充分勉強していますのでと、私は一旦断った。 だが、折に触れてビデオの鑑賞を勧めてくる。なんだか違和感を感じた。 最後に、医院長の方から私の携帯に後で電話を掛けてくれると言う。 私は症状を前もって聞いてくれるのだと少し信頼感を戻した。 が、その直後受付の女性が言い放ったのだ。「コレクトコールでよろしいですね?」 私は唖然としたが、とりあえず承諾した。 しかし、どうも気になるのでインターネットで再度調べてみると、 案の定、この病院はいろいろなページであまり評判が良くない。 そういう目でこの病院のホームページを調べ直してみると、 名誉院長なる人物の写真が、いろいろな勲章や賞状と一緒に誇らしげに掲載されている。 自分の権威を一生懸命誇示しているとしか思えなかった。“医は仁術”という世界からかけ離れている。 これはまずい。直ぐにキャンセルの電話をし、院長からのコレクトコールも断った。 にもかかわらず30分ほどしてから、しかも会社の会議中に私の携帯が鳴った。(コレクトコールである)笑 「名誉医院長で医学博士のSだが。膵臓癌だそうだな。」 ううっ、勘弁してよ。(苦笑) 自分のことを、肩書き並べて名乗る人が世の中にいるのが信じられなかった。 「申し訳ありません、受付の方には既にキャンセルをしたのですが・・・。  実は、私は急遽東京を離れることになったので、この話は無かったことにして頂けますか。」 私は咄嗟に言い逃れをした。 「何故、東京を離れるのかね?」 不愉快になるほど横柄な口調である。 「それはプライベートな事なので話せません。」 「そう。」ガチャ。 思いっきり受話器を切る音がした。 気を取り直して、とにかく次だ。 「リンパ球バンク株式会社」 受付に出た女性はやはり医療関係者では無いようだったが、今度は少しはマシな感じがした。 しかし、問題は2つあった。 1つ目は価格である。1クール500万円だというのだ。 2つ目は、やはりある程度の大きさになってしまった癌細胞に対しての効果は保証できないという話。 えっ~、効果が無いんですかぁっ~!! ホームページに記載している内容と、言っていることが違うではないか! 効果保証のない治療に500万円を投じるべきかどうか私は逡巡してしまった。 結局、予約せずに電話を切った。 自分の命の価格は500万円に達しないという自己評価をしたようで、とても重い気分になった。 帰宅して、改めて「活性化自己リンパ球療法」についてインターネット検索してみる。 よくよく調べていくと、「現時点では効果が明確になっていない」という事実が浮き彫りになってきた。 どうもまだ実験フェーズから抜け出していないようだ。 にもかかわらず現時点の「活性化自己リンパ球療法」は、 既に“ビジネス”になってしまっているのかもしれない。 確かに増殖施設さえあれば、医学的な処方は血液採取と点滴という行為のみである。 病院側に大した設備も技術もいらない。その中枢は増殖工場にあるのだ。 最もビジネスになりやすい構図ではある。 私のような状況に陥ると、知らず知らずの内に色眼鏡を掛けて新しい療法を見てしまう。 新しく見つけた療法に過度の期待を掛けてしまうのだ。冷静にならなければいけない。 地道な西洋医学は、生存率を数%上げるだけでも大変な努力をしているのだ。 もし新しい手法に劇的な効果があるなら、世界中の臨床現場が黙っているはずがないのだ。
東洋医学の選択  (2004年5月下旬)
さてさて、一体どうしたものか。八方塞がりとはこの事だ。 まあ、強いて言えば“手術”という門だけが開いている。 今、横浜市大病院へ出向けば、当然その門をくぐるよう背中を押されるであろう。 しかし、私は既に西洋医学の3大レシピにかなり懐疑的になってしまっており、 今となっては、とてもそれらに臨む気になれないのだ。 とは言え、このまま何もせずに放置して、致命的な病気の代名詞でもある「癌」が 自然と完治してしまうと考えるほど私も楽天的ではない。 インターネットでいろいろなサイトを巡る内に、私は東洋医学を試してみる気になってきた。 一つは漢方薬。今一つは鍼灸である。 科学的アプローチを日頃より心掛けている自分が、 まさか東洋医学に行き着くとは想像だにしていなかった。 漢方薬の方は「天仙液」というものに興味を持った。 ある体験談サイトで、医者が驚くほど抗癌剤の副作用が軽い人がおり、 その人が服用していたのが「天仙液」なのだ。 薬を販売しているページでの売り文句は、少々眉唾かもしれないが、 まったくの素人が日記風に体験を語る個人ページであるならば信頼が置ける。 「天仙液」は麝香(雄鹿の腺分泌物を乾燥させたもの)が含まれており、 ワシントン条約に抵触するため、薬剤としての使用に限定されており、しかも中国からの直輸入となる。 その個人輸入を代行するサイトをいくつか見つけたが、 なかでも「東洋漢方研究所」というサイト内容が最もしっかりしていたので、そこから購入することとした。 ※この時点で信頼が置けると判断した私でしたが、2007年10月に以下の事態となりました。 『未承認の漢方薬などを抗がん剤として広告したとして、警視庁生活環境課と中野署などは  24日、漢方薬の輸入代行会社「東洋漢方研究所」(東京・中野)社長 宮沢宏容疑者(43)ら3人を  薬事法違反(未承認医薬品の広告)の疑いで逮捕した』 鍼灸の方は、天仙液以上に多くの候補があったが、会社と自宅の通勤途上にあるという条件と、 鍼を打つ先生自身の考え方がしっかりしている所を選んだ。「泉堂はり灸院」である。 5/28(金)に初診。鍼の先生には、自分が膵臓癌であることをしっかりと伝え、 それに向けての鍼治療をお願いした。 先生の言うには膵臓は背中の右寄りにツボがあるらしい。 概ね、週2回のペースで会社からの帰宅時に治療をしてもらうことにした。 一応、この2つを基軸に置いた。 8月末のダイナミックCT再検査の日まで、続けて見るつもりだ。 思えば、この2つが私にとって初めての「癌治療行為」である。 しかし、本当にこれだけで良いのだろうか・・・。 不安である。 「癌掲示板」という、そのものズバリのサイトも見つけた。 想像を絶するほどの書き込み量である。 私と同じ、いや私以上の苦悩や苦痛と戦っている人達が、これ程までにいるのか! 今まで、癌について何も知らなかった自分に気づく。 自分がその立場に立ってみて初めて、急激に視界が広がる。 どんな過酷な状況に陥っても、自分だけが特別だと思ってはいけない。 それは、今までの自分のスコープが小さかっただけの事なのである。 しかし書き込み内容は、術後に闘病しているパターンが大多数を占めた。 主治医に手術不可能と宣告され、意気消沈している方々も多かった。 私のように手術が出来るのにそれを拒否するという選択をするのは、やはり少数派なのだろうか。 その他にもインターネット上には、 “癌に効く”というキャッチコピーの機能性食品が山のようにあった。 ちょっと見ただけで、いかがわしさが臭ってくるページから、 もしやこれはと思わせるページまで種々雑多である。 しかし、病人の心理を利用した悪徳商法だけは止めて欲しい。 患者の私も、商売している貴方も、共にいつかは死ぬのです。 “死”に際して、恥ずかしくない“生”をお互いに営みましょうよ。 だが考えてみると、科学的根拠の全くない数々の処方や薬、食品を扱ってる人も、 効き目が無いかもしれないことを意識していないかもしれない。 むしろ、本当に癌を治せるはずだと信じて販売している可能性がある。 治った人もおり、他界した人もいるだろう。相性の問題もあるだろう。 そして治ったとしても、本当にそれらの薬や食品が奏効したのかどうかも定かではない。 すべては統計や確率の話になってしまう。 そう考えると、科学的な西洋医学の「5年生存率」もさして変わりは無いかもしれない。 そもそもこの「生存率」って、どの時点を起点に「5年」とするのだろうか? そして、患者がどの様な状態になっていようとも、心停止さえしなければOKなのだろうか? 命という最も大切なものを取り扱うにしては、まったく混沌とした世界だ。 これが人智の限界なのか。改めて大自然の摂理に対して謙虚な気持ちになる。 しかし、ともかく私はあちこち手を出すことを控えた。 「活性化自己リンパ球療法」の件でも学んだのだが、 本当に効果があるのなら臨床現場は黙っていないはずなのだ。 その効果は劇的ではないかもしれないが、むしろ漢方薬や鍼灸など、 数千年オーダーの歴史に耐えてなお現存している処方の方が、まだ信頼が置けると私には思えた。
ビワの葉温灸  (2004年6月中旬)
ビワの葉が膵臓癌に特に効くという情報を得た。 癌になると、健康な頃は十把一絡げで捕らえていた“癌”というものが、 実は各々の部位の癌でそれぞれ状況が異なることがわかってくる。 膵臓癌と肺癌と胃癌は全く違うのだ。こんな事さえ健常な頃は意識していなかった。 したがって「膵臓」癌に効く、と言われると思わず飛びつきたくなる。 ビワの葉のアミグダリンという成分に効能があるらしい。 アミグダリンとは、ビタミンB17のことのようだ。 ビワの葉を皮膚に当てがい、その上から径3cm程度のお灸を押し当てる。 皮膚からの温灸で膵臓のような体の奥底にある臓器までその成分が果たして届くのだろうか? しかし癌を宣告されたものは、常に「溺れる者は藁をも掴む」の心理が存在している。 さしずめ「病める者はビワをも掴む」といったところか(笑) まあ何はともあれ、鍼灸と漢方薬だけではなく、 何かもう少し積極的な処方をしたいと考えていたのでアプローチしてみることにした。 流されないように自分の感性を研ぎ澄ませておけば、一度経験するのは何も恐ろしいことではない。 このビワの葉温灸が本物かどうか、あるいは自分と相性が良いかの判断をするためには、 とにかくこの温灸を処方している所に出向くしかない。 早速インターネットで検索。自由が丘にある「聡哲鍼灸院」が良さそうである。
 6/12(土)
「聡哲鍼灸院」は、アパートの一室にあった。 四畳半一間と言っても過言ではない程、とても狭い診療室であった。 そこの先生はまだ若かったが、しっかりした信念を持っている印象があった。 まずは、私自身の生い立ちを話すところから始まった。 癌の発病は、幼少の頃から原因の蓄積があるという考えである。 問診の中で、私は小学校に入学する直前、両親の判断で扁桃腺を切除したことを思い出した。 その当時、扁桃腺の切除手術が一種のブームであった。 扁桃腺はリンパ節である。なんでわざわざこの免疫機構を痛い思いをして除去するのか。 “腫れやすいから取る”・・・なんと短絡的なことか。 もし本当に必要のないシステムなら、数十億年という進化の過程の中で、 神様が除去手術してくれていたはずだと、私は思うのだが。 問診の後は鍼治療が行われ、その後ビワの葉温灸となった。 基本的に、ビワの葉温灸は自宅で実施する事を推奨している。 決して、通院回数を増やしてビジネスをしようと考えている訳ではないようだ。 しかし、缶のケースに入っているモグサ灸と蝋燭や燭台、そして さほど特殊とは思えない紙や布などのセットが1万円近くするというのは、 やはりどう見積もっても高すぎる感がある。多分原価は千円程度だと思えるのだが・・・。 もちろん私は「聡哲鍼灸院」に意見しているわけではない。 このセットはメーカーである「三栄商会」側で定価を決めているのである。 ビワの葉温灸を実施する人達は一種のコミュニティーを形成しているのかもしれない。 私が自宅の住所を言うと、先生はそのごく近くに「養生庵」という所があり、 そこで温灸をしてくれることを教えてくれた。 この自由が丘に通うよりも、「養生庵」の方がいいであろうと勧めてくれた。 もちろん自宅で温灸をすればいいのだが、そこへ行けば食生活も含めて体質を改善する いろいろな方法を教えてくれると言う。 「ビワの葉」というのは一つのシンボルであり、その本質は「体質改善」の方にあるのかもしれない。 ちなみに、アミグダリンが多く含まれている食材を紹介してもらった。 ローストしていない生アーモンドである。帰宅してから、早速インターネットで購入した。
 6/15(火)
「養生庵」に出向く。 なんと、着衣のまま温灸を行う。これで本当にビワの葉の成分が体に伝わるのだろうか!? 歳の頃は50台後半から60といった女性が温灸の先生であった。 しかし、この先生はとてもその歳に見えない程、肌がつやつやしており、声も張りがあって若々しい。 とにかく元気一杯で、体の内側から健康であるといった印象である。 説明もとても元気があり、治療の説明の際に「もぉ~の凄く良いのよ!」という形容が頻発する。 自らも胃癌の経験者であり、それを克服したという事実が信頼感を与える。 ビワの葉は治療メニューの一部に過ぎず、 ここでは主に「玄米菜食」を中心とした食事療法の教示であった。
        ・とにかく動物性の食事は一切取らないようにする。 
  ・肉はもちろん、魚もNG。ダシを取るにも煮干しや鰹節は使わず昆布のみ。 
  ・基本的に玄米と野菜のみ。まさしく玄米菜食。 
  ・玄米は常に100回噛んで飲み込む。 
  ・現在まで体中に蓄積している動物性の要素を徹底的に排除する。だいたい4ヶ月かかる。 
という内容であった。 機能性食品として、「プシュケー」「牡蠣のエキス」「SOD」の3種類を勧められる。 これらも、すべて100回噛んで飲み込むように言われた。 そんなこと言われても「プシュケー」って液体である(笑) 「先生、この液体も100回噛むんですか!?」 「そうですよぉ~。しっかり唾液と絡めてから飲み込んで下さいねぇ~。」 最終的には機能性食品にも頼らない状態に持って行くべきとのことであるが、 今はとにかく癌の勢いを押さえ、体質を改善するために摂取をした方が良いとのこと。 その他にも、生姜湿布であるとか、砂に埋まる治療などを教わった。 毎日の食事が、突如として味気ないものになるのは苦痛ではあったが、 しかし、膵臓は消化に関わる臓器であり、そこに対する良い効果が出るという気配は確かにある。 続けてみようと思った。 実は私は昨年の夏、体重が78kgにまで達していた。 身長は170cmであるから、明らかに「太り過ぎ」である。(苦笑) この病気に出会う前であるが「油と砂糖を取らない」というシンプルなルールの減量に挑戦し、 半年後の今年の正月には、10kgの減量に成功していた。ズボンのベルトも穴が2段階つめられた。 しかし、それからピタリと減量が止まっていた。 この玄米菜食を開始すると、またまた体重が落ち始めた。 そして2ヶ月後には更に5kgが減っていた。ズボンのベルトの穴も、さらに1段階つまった。 よく「癌になると痩せる」と言われている。 誤解無きように添えておくが、私は食欲旺盛である。常に健康的な空腹を感じているわけで、 決して癌による消化器系異常で食欲が落ちたり、嘔吐や下痢を伴って体重が落ちているわけではない。 以前は、動物性タンパク質を一切取らないこのような療法の考え方に疑問を持っていた。 そんな事をしたら体力が衰えてかえって病がちになってしまうのではないか、 食糧事情が悪かった戦時下の人達のように栄養不良で衰弱してしまうのではないか。 しかし、私はあることに気づいた。 それは、馬や牛である。彼らは完全な菜食主義だ。(別に主義主張でそうしている訳ではないが)笑 にもかかわらず、あれだけの肉体を形成しているのである。 肉を食わなければ肉が付かない、と考えるのは実に短絡的で幼稚なイメージなのだ。 自然界のエネルギー変換や化学的成形システムは、人智の及ぶところではない。 もう少しで高校生の頃の体重に近づく。一般的にその体重が最も健康的なレベルだと言われている。 食事療法は、美食の楽しみが失われて辛いが、このまま継続しようと考えている。 もしかしたらこの癌プロジェクトがきっかけで、癌を克服するどころか、 それ以前よりも健康になってしまうかもしれない、などという嬉しい想像も出来るようになってきた。 「養生庵」には、無料の貸本が並んでおり、そこで「いのちの田圃」という冊子に出会った。 そして、川竹文夫氏を知った。ホームページ「ガンの患者学研究所」の発起者である。 その主張は、私が手術を拒否してきた行動を、まさに肯定する内容であった。嬉しかった。 「Weller than well 」という言葉があった。強く印象に残る言葉だ。 「癌と闘病する」という悲壮な雰囲気から一転し「癌よ、ありがとう」という一段高みに登った気分になる。 思索の好きな私は、以前より“死”あるいは“生”について思いを巡らしていた。 癌になると生存率という言葉を良く耳にするようになるが、それが何年であろうとも結局はいつかは死ぬ。 癌治療で懸命に余命を延ばしても、明日交通事故で死んでしまうかもしれない。 生とは、本来そのように儚いものなのだ。 私たちホモ・サピエンスは60万年前に分化した。 それよりも遥か以前、人類の起源は700万年。 地球上の生命体の起源は38億年。 そして宇宙の起源は130億年。 その中で百年に満たない時間は、一体何なのだろう。 余命を数年間延ばすことにそれ程の大きな意味があるのだろうか? 私は“今”を生きている。そして“今”を大切に生きようと思う。 より多くの人たちに“私”が生きていたことを、その“証”を残しておきたい。 それは、余命の長さではない。 逆説的だが、私は“永遠の命”を得ることが可能だと思っている。 ベートーベン、夏目漱石、ニュートン、アルキメデス、ファラデー 吉田松陰、オイラー、レオナルド・ダ・ビンチなどの人物像は、 私にとって“永遠の命”を持っている。 そして名前は不詳だがゼロを発見したインド人も、私にとっては偉大な人物である。 彼らはとうに他界したのに、現代に生きる多くの人類の心の中に今でも息づいている。 そしておそらく、これから300年後の人類の心の中にも生息することであろう。 私は、いわゆる天才でも偉人でもないけれど、ささやかではあるが同種の生き方ができれば、 私にも“永遠の命”を得ることが出来ると信じている。 少なくとも私を知る友は、私の死後も私を語るだろう。 そして私の名は残らなくとも、私の生き様や私が生み出したものが真に価値あるものならば、 それは変容しながらも伝わり、なんらかの影響を末裔に渡って繋いでいくことになる。 本当に“私”というものが普遍的な内容を持っていたならば、 未来の人類の心の中に“私”を生息させることができるのだ。 全人類などとは言わない。数人で充分だ。一人だって良い。 だから私は、数値勘定で余命を延ばすことに血眼になるようなタイプの闘病はしたくない。 思索の好きな私は、以前から“死と生”に関して、このような自分なりの信念を持っていた。 その私自身の信念が、単なる机上の戯言であるのか、それとも実行を伴う本物であるのかを、 癌の宣告を通じて神に試されているような気がしてならないのである。
私が実施した療法  (2004年6月初旬~8月末)
ここで、私が3ヶ月間の間に実施した治療についてまとめておこうと思う。 行頭の記号の意味は以下の通りである。   ●:自らの意志や考えで実施したもの   ◎:養生庵にて指示されたもの   ○:知人から勧められたもの
※印は、私の意志の弱さやズボラな性格から、完全実施と言えるまでには至れなかった療法や服用である。
<漢方および代替療法>
  ● 天仙液および康楽液(生霊液)を服用   ● 鍼治療・関内にある泉堂(極めて普通の鍼)   ◎ ビワの葉温灸 ※
<生活改善>
  ● 早めに就寝 (深夜2~3時が当たり前だった。11時~12時に改めた) ※   ● 早めに帰宅 (「今日出来ることは今日やる」から「明日でも良いことは明日やる」へ)   ● 権限委譲 (何でも抱え込む傾向にあった。実施後は部下が活性化。もっと早く改めれば良かった)   ● 煙草を減らす (平均1日20本だった。半分の10本に) ※   ● 熱い風呂に入る (従来の42℃を45℃へ。実は幼少の頃の私は、けっこう熱い風呂に入っていた)   ● 腹巻きをする (単純だけど、体を温めるのは良いことだと感じた)   ◎ 玄米菜食 (これはかなり効果があったと思う。3ヶ月で体中が浄化されたように感じる)
<機能性食品>
  ● 生アーモンド(ビタミンB17)   ◎ プシュケー20ml/日   ◎ 牡蠣エキス5g/日   ◎ SOD   ○ CoQ10   ○ プロポリス原液   ○ NBG
更に付け加えておくべき事がある。 治療ではないが、自分が癌であることを知人に伝えることで多くの暖かい声援をもらった。 いたわりの眼差しや優しい言葉をもらった。多くの励ましのメールをもらった。 免疫力が付くと思われるものの情報ももらった。祈りにも似た感謝の気持ちになる。 勧められた薬や機能性食品を服用するとき、その効能はともかく 「友からのエール」を飲み込んでいる気がした。 私が伝えたことがきっかけで、知人自らの類似体験を語ってもらえることもあった。 重いものを背負っていても、明るく涼しげな顔でいられる人は素敵な大人である。 自分もそうありたいと思い、そして勇気づけられるのである。 私を励ますためにカラオケに行き、そこで私が明るく楽しい歌を歌っている時、 横で突然目頭を押さえ始めた友がいた。私はその友の涙を一生忘れないだろう。 ただ私は、自らが癌であることを誰彼構わず言うことはしなかった。 仕事上の理由や会話の成り行きの中で、話さざるを得ない場合にのみ語った。 癌であることを必要以上に公言することで、自意識が癌に取付かれてしまうような気がしたからだ。 (・・・と言っても、現在このページで大公開しているが)苦笑 戦うのは自分である。しかしその戦う力は、まわりからの声援や励ましで増幅される。 自分の「生」が、自分以外のものにとって、少しは価値あるものであることを再認するからだ。 自分もそうそう捨てたものではない。頑張れ自分! 自分自身が生きたいと思う願望よりも、まわりから生きていて欲しいと思われることは、 とても強く暖かい力となるのである。
3ヶ月後の再診結果  (2004年8月末)
 8/25(水)
血液検査とダイナミックCTを受けに、横浜市大病院へ。 病院へ出向くのは久しぶりだ。 やり慣れた検査だ。なんのストレスもなく短時間で済ませることが出来た。 3ヶ月間、私が実施した療法は効果があっただろうか。 結果は一週間後に出る。
 9/1(水)
一週間前のダイナミックCTの検査結果を聞きに、横浜市大病院へ。 診察室に入ると、まず活性化自己リンパ球療法の話題から始まった。 新横浜メディカルクリニックの紹介状を書いて頂いてから3ヶ月が経ったが、 横浜市大病院へはそれ以来一度も足を運んでいないので、主治医の先生は、 私がこの3ヶ月間リンパ球療法を受け続けていたと思っている。 まずは、新横浜メディカルクリニックで手術を勧められたこと、 結局リンパ療法は実施しなかったこと、などの経緯をお話しした。 次に、その3ヶ月間で実施した自分なりの療法の報告になった。 基本的に、鍼灸、漢方薬、そして食事療法である。 私の報告を、先生はとても真剣にノートに取っていた。 そして熱心にその内容を聞いてきた。漢方薬の薬の名前まで問うてきた。 私は早くダイナミックCTの結果を知りたかったのだが、 一方で、この主治医の先生の態度に淡い期待を覚えた。 もし検査結果がひどく悪ければ、その話題を冒頭に持ってくるはずだ。 この3ヶ月の療法に強い興味を抱いてくれるということは、 もしかしたら劇的な好転が見られたのかもしれない。 一通りの報告を終え、いよいよ検査結果の話題に移った。 内容は整理すると3つであった。 ・癌の腫瘤部に関して、著しい増大傾向は見られない。 ・肝臓やリンパ節への転移は無い。 ・腫瘤部の境界面が“不明瞭化”している。 画像診断結果としては、まずは悪くなっていないと言えそうである。 ただ、劇的に良くなっているとも言えない。 私は、最後の“不明瞭化”という表現の解釈を求めた。 確かに目の前のCT画像を見ると、癌の影が4月のものに比べて薄くなっており、 その輪郭がぼけているように見える。 「大変難しい診断ですが、良くも悪くも取れます。  悪く考えると、癌細胞がじわじわと正常細胞を浸食し始めている。  良く考えると、正常細胞が癌細胞を駆逐し始めている、と考えられます。」 私は説明を聞きながら、天気図の温暖前線と寒冷前線の違いのようなものを頭に描いた。 私は、目の前の画像フィルムをまじまじと眺めながら質問してみた。 「前回の画像と比較すると、今回の影の方が薄くなっているように見えるのですが。」 「これは造影剤注入後の撮影タイミングの違いによるものだと思います。  前回よりも今回の方がほんの少し遅めに撮影されました。  加藤さんの影は、注入して直ぐに染まりが薄くなってしまうタイプなのです。  今回撮影タイミングを遅らせたのは、多少遅いほうが膵管の形状をはっきり写せる、  という画像診断医の判断です。」 膵臓癌が進行すると膵液の流れが悪くなり、膵管の肥大などの症状が出る。 この症状を捕らえるべきと考えたのであろう。 「この画像を見る限り、膵管には異常は見られません。」 次に、血液検査の前回からの変化に話題が移った。 血液マーカの値は癌との相関はあるものの、 確実に癌であっても異常値にならない場合もあるし、逆に値が異常であっても癌でない場合がある。 しかもその日の体調にも左右されるので、確定的な診断には使えない。 私は、インターネットなどでその事実を認識していたので、 今まで自分のマーカ値をあまり積極的に把握していなかった。 しかし、これからの闘病成果を把握する意味でも、今回はその値をしっかり聞いておこうと思った。 CA19-9という膵臓癌と最も高い相関を示すマーカ値はまったく正常で、前回も今回も7で変化はなかった。 CEAと呼ばれるマーカー値は正常値を少々越えているものの、前回7.2に対して今回6.1と減少した。 ただ、SCCと呼ばれるマーカ値が高かった。 正常値は1.5以下なのだが、前回1.7に対して、今回は2.2と増加してしまった。 “1勝1敗1引分け”と言ったところか。 主治医は、結論を与えた。 「腫瘍マーカに関しては、一進一退と言った感じです。  また、リパーゼの値がちょっと高いのも気になります。」 リパーゼと言うのは膵臓の外分泌液であり、膵癌や膵炎で膵管に異常が起こると高くなるらしい。 総括として、画像診断も血液検査も3ヶ月前とあまり変わらない状態のようだ。 「膵癌は普通、腺癌と呼ばれるタイプなのですが、  加藤さんの場合は膵癌には珍しい扁平上皮癌なのかもしれません。  腺癌はとても暴れん坊で勢いもあるのですが、扁平上皮癌は比較的穏やかです。  PETの値が4.4に留まっていることもそれを表していると思われます。」 私は再度、CT画像に目をやり質問をした。 「先生、これ程の大きさの影がありながら、  まったく自覚症状がないということをどうお考えになりますか。」 「通常これだけの大きさになると膵管の肥大などの異常が出ます。  この点でも、加藤さんの場合は特殊と言えます。」 私は、癌の中でも King of kings の膵頭部癌になったのだが、 もしかしたらこの王様は結構ヘタレかもしれないと思い始めた。 これなら戦える。少なくともコイツと生涯を通じて仲良くやっていけるかもしれない。(笑) これからの治療方針に話題が移った。 「加藤さんの場合ですと、いろいろなオプションが選択できます。  摘出手術をしてからリンパ球療法を受ける手もありますし、  抗癌剤や放射線で癌細胞を弱らせておいてから摘出手術に挑む方法もある・・・。」 先生の説明は、以前のように“手術しかない!”といった、 治療に関しての切迫感がだいぶ薄らいでいると私には感じられた。 いや、もしかしたら私の方で腹が据わったから、そう感じるのかもしれない。 しかし当然のことながら、先生が提示するのはやはり手術を中核としたレシピである。 「先生、次の3ヶ月も、この3ヶ月間に実施した自分なりの療法を続けさせて下さい。  もちろん自覚症状を感じたら、直ぐに先生の所に駆け付けてご相談させて頂きたいと思います。」 「わかりました。3ヶ月後にまた判断すると言うことですね。」 先生は、優しい口調で念を押してくれた。 次回のダイナミックCT検査は11/24(水)、その結果は12/1(水)となる。 その予約をして横浜市大病院を後にした。 自宅に戻り、今回の診察で得た情報を整理することにした。 まず、癌の種類についてである。 膵癌とか胃癌、肺癌などの部位による差だけでなく、病理学的な切り口の分類があることを知った。
癌には、
 (A)癌腫(上皮細胞から発生した腫瘍)  (B)肉腫(非上皮細胞から発生した腫瘍)
の2系統があり、圧倒的に癌腫が多い。上皮とは、簡単に言うと粘膜のこと。
(A)の癌腫には、
  (A-1)腺癌(粘液を分泌する上皮の癌)一定の内臓に並ぶ細胞から始まる癌   (A-2)扁平上皮癌(食道や気管支などの癌)魚の鱗と似て、薄く平らな細胞から始まる癌   (A-3)移行上皮癌(膀胱や尿管などの癌)
の3系統がある。
一方(B)の肉腫は上皮以外の組織、 つまり、骨・軟骨・血管・リンパ腺・筋肉などの細胞から発生した悪性腫瘍。 例としては、骨肉腫、白血病、悪性リンパ種など。
膵臓癌の大部分は、(A-1)腺癌である。 (これが、私の場合は(A-2)扁平上皮癌の可能性があるということだ)
(A-1)腺癌は、
  管状構造の組織を作り上げるタイプの細胞の癌。(新陳代謝が激しい)   高分化・中分化・低分化と分類され、次第に細胞隔壁の状態が崩れていく。
(A-2)扁平上皮癌は、
  平面構造の組織を作り上げるタイプの細胞の癌。(新陳代謝は緩やか)   次第に粘膜下層、筋層へと拡がり、周囲の臓器へ拡がっていく。この浸潤の深さを壁深達度という。   近年、深達度が深いほどリンパ節転移の確率が高いことが明らかとなり、   現在、深達度を把握することはその後の治療法の選択に重要な要素となっている。
もう一つ、膵臓癌の分類として、「浸潤性膵管癌」と「粘液産生膵癌」があった。
膵臓癌の90%は「浸潤性膵管癌」である。 一方、「粘液産生膵癌」には以下の特徴がある。
 ・粘液を多量に産生する癌である。  ・膵腫瘍のなかでも予後が良い。  ・発見しやすい。  ・症状としては、急性膵炎様の腹痛や背部痛、血清アミラーゼ上昇。
この分類が、上記の「腺癌」「扁平上皮癌」と同じ分類関係なのか、 あるいは異なるものなのかはインターネットの調査では調べきれなかった。 今度横浜市大に行った時に先生に聞いてみようと思う。って、俺は医学部の学生か?(笑) 腫瘍マーカに関しても、まとめておこうと思う。
マーカ名 正常値 前回(4/21) 今回(8/25) マーカの意味
CA19-9 37 以下 7 7 膵癌、胆道癌を始めとする各種消化器疾患に高頻度かつ高濃度に検出され、優れた腫瘍マーカーとして臨床的評価が確立している。
CEA 5.0 以下 7.2 6.1 主に腺癌。大腸癌を始めとする消化器癌、膵癌、肺癌など様々な癌に幅広く出現。 術後の経過観察に有効性が認められている。
SCC 1.5 以下 1.7 2.2 食道癌など扁平上皮癌系マーカ。
SPan-1 30 以下 4.8 6.5 膵臓癌できわめて陽性率が高く、胆道癌、肝癌でも高率である。
Dupan-2 400 以下 - 25 膵癌、肝・胆道癌にとりわけ高い値を示す。
白血球 4000~8000 8200 6900 細菌やウイルスの感染、白血病、炎症性の病気などが起こると白血球数はすぐに増加する。 逆に極度に減少すると免疫力が低下する。
アミラーゼ 50 ~ 170 127 91 澱粉成分を加水分解して糖に変換する外分泌酵素。 急性膵炎、慢性膵炎、膵癌などの初診時の診断や経過観察に役立つ。膵炎、膵癌、耳下腺炎、消化性潰瘍で高値となる。
リパーゼ 9 ~ 40 127 112 脂肪を分解し、溜まった内臓脂肪や皮下脂肪を減少させる働きを持った外分泌酵素。 アミラーゼと同時測定することにより膵疾患の診断補助に有用。膵炎、膵癌、腎不全で高値となる。
更に3ヶ月後の再診結果  (2004年11月末~12月末)
8月の末にダイナミックCTを受けてから、3ヶ月が経とうとしている。 これといった自覚症状も無く、平穏無事に推移している事を、 あらゆる友、あらゆる人たち、あらゆる事物、そして自分も含めたあらゆる存在に感謝したい。 この3ヶ月で、私は数々の処方から少しずつ離れていった。 一般的には不安に駆られて、次々といろいろなものに手を出すのが普通かもしれない。 しかし自覚症状のない私は、療法をシンプルにすることで 本当に効き目のある処方を突き止めようと考え始めた。 まず「天仙液」「康楽液」が9月末で切れたので、そのまま服用を止めた。 次に「鍼治療」も10/7を最後に行っていない。 ビワの葉温灸も、結局それほどの回数を実施するに至らなかった。 いくつか手を掛けた機能性食品も完全に止めた。 いわば、命を賭けた人体実験・・・、と言えば聞こえは良いが、 その実ちょっとズボラな性格が出ているというのが本当のところだ。(笑) 結局、今私が積極的に実施しているのは、以下の3つだけである。
   ● 玄米菜食 (完全に慣れた。今度機会があったら、美味しい玄米の炊き方を紹介します) ● 生アーモンド (毎日一握り。唯一のデザートである) ● 熱い風呂に入る (46℃。更に1℃上げた)
特に玄米菜食が、最も顕著に奏功しているという確信がある。 もっと直感的な発言をお許し頂ければ、玄米ではなく菜食の方に効力があった気がする。 更に言えば「動物を食べない。魚も含め、動くものを食べない」という食生活である。 加えて、卵や砂糖、果物も摂取しないということである。 この食事療法のお陰で体が軽くなったし、 昔は治りにくかった口内炎も直ぐに治るようなった。 ワイシャツのエリも汗で汚れなくなった。 明らかに、体が浄化されているのだ。 ウエストも締まり、足もスリムになった。 先日、ユニクロで細身のジーパンなんぞを購入してしまった。 もう、水着になるのも怖くありません。(笑)       ******** とはいうものの、11/8(月)頃に少々お腹がシクシクし始め、 三日後位にキリキリした感じに変化したため、大事をとって2日間会社を休んだ。 それ程の痛みではないのだが、食事をするとお腹に違和感が起こる。 とても不安な一週間だった。 自分が膵臓癌であることへの強い自覚。 「そんなに甘くはないぞ」と、耳元で悪魔が囁きかける感覚・・・。 週末に養生庵に出向き、先生に相談した。 生姜シップと山芋パスタという処方で、腹部を手当してくれた。 それが功を奏したのかどうかわからないけれど、翌日から違和感がすっかり取れた。 仕方がないことかもしれないが、少々の変調で不安になってしまう自分が情けない。 何が起きてもオロオロしない精神力を持ちたい。 神よ、私に真の勇気を下さい!       ******** “膵癌取扱い規約”で規定されている膵臓癌の分類を、 「癌掲示板」にてUTAKAさんという方に教えて頂いた。 市大の先生が、私の場合は「扁平上皮癌」の可能性があると言っていたが、 その位置づけが明確になった。 この場を借りて、UTAKAさんに感謝の意を伝えたいと思います。 下記に、その分類を示しておこうと思う。 ●が一般的な膵癌であり、 ★が私の膵癌として疑わしいものである。 どちらにしても「浸潤性膵管癌」であり、 残念ながら、完治しやすく予後も良好な「粘液産生膵癌」ではないらしい。
「膵腫瘍の組織学的分類」膵癌取扱い規約(第4版)より

  1:上皮性腫瘍
   ┃
   ┣━ A:外分泌腫瘍
   ┃   ┃
   ┃   ┣━ a:奨液性嚢胞腺腫瘍
   ┃   ┃   ┣━ a1:奨液性嚢胞腺腫
   ┃   ┃   ┗━ a2:奨液性嚢胞腺癌
   ┃   ┃
   ┃   ┣━ b:粘液性嚢胞腺腫瘍
   ┃   ┃   ┣━ b1:粘液性嚢胞腺腫
   ┃   ┃   ┗━ b2:粘液性嚢胞腺癌
   ┃   ┃       ┣━ b2-1:非浸潤
   ┃   ┃       ┗━ b2-2:微小浸潤
   ┃   ┃
   ┃   ┣━ c:膵管内腫瘍
   ┃   ┃   ┣━c1:膵管内乳頭腺腫
   ┃   ┃   ┣━c2:膵管内乳頭腺癌
   ┃   ┃   ┃   ┣━ c2-1:非浸潤
   ┃   ┃   ┃   ┗━ c2-2:微小浸潤
   ┃   ┃   ┗━c3:上皮内癌
   ┃   ┃
   ┃   ┣━ d:浸潤性膵管癌 
   ┃   ┃   ┣━d1:乳頭腺癌
   ┃   ┃   ┣━d2:管状腺癌
   ┃   ┃   ┃   ┣━ d2-1:高分化 ←┬─● 一般的な膵癌   
   ┃   ┃   ┃   ┣━ d2-1:中分化 ←┘
   ┃   ┃   ┃   ┗━ d2-3:低分化
   ┃   ┃   ┣━ d3:腺扁平上皮癌   ←──★ 私の場合
   ┃   ┃   ┣━ d4:粘液癌
   ┃   ┃   ┣━ d5:退形成性膵管癌
   ┃   ┃   ┃   ┣━ d5-1:巨細胞癌
   ┃   ┃   ┃   ┗━ d5-2:紡錘形細胞癌
   ┃   ┃   ┣━ d6:浸潤性粘液性嚢胞腺癌
   ┃   ┃   ┗━ d7:膵管内乳頭腺癌由来の浸潤癌
   ┃   ┃
   ┃   ┗━ e:腺房細胞腫瘍
   ┃       ┣━ e1:腺房細胞腺腫
   ┃       ┗━ e2:腺房細胞癌
   ┃
   ┣━ B:内分泌腫瘍
   ┃
   ┣━ C:併存腫瘍
   ┃
   ┣━ D:分化方向の不明な上皮性腫瘍
   ┃   ┃
   ┃   ┣━ a:SC tumor
   ┃   ┣━ b:膵芽腫
   ┃   ┗━ c:未分化癌
   ┃
   ┣━ E:分類不能
   ┃
   ┣━ F:その他
   ┃
   ┗━ G:異型過形成
  
  2:非上皮性腫瘍

 11/24(水)
横浜市立大学病院にて、血液検査とダイナミックCT。 外来の診察開始時刻の40分前に行ったのに、血液検査のコーナーには既に10名程並んでいた。 外見は健康そうに見えるのだが、平日の朝早くから血液検査をする位だから、 皆、いろいろなものを背負っているのだろう。 健康であるという、ただその事だけで深く感謝しなければならないのだと改めて感じる。 ダイナミックCTは、急速に造影剤を注入する。 とたんに体全体が火照ってくる。 これは正常な反応なのだが、腕から注入する液体があっという間に体全体に広がる感覚は、 体中に張り巡らされた血管のイメージを鮮明にする。 目の前のドーナツ型のCT装置は、確かに凄いシステムだけど、 私たちの身体はもっと緻密で強靱な、凄いシステムなんだと痛感するのだ。 どうもお腹がシクシクする。 私の膵臓は、今どうなっているのだろうか。 来週の検査結果がどう出るか。気持ちを穏やかにして待ちたいと思う。
 12/1(水)
ダイナミックCTの診断結果を聞きに、横浜市大病院へ。 診療室に入るなり、医師から画像診断の説明が始まった。 「前回の不明瞭化が一段と進み、ほとんど塊としての影は見られなくなっています。  この状態ですと、手術しようにもできない。どこを摘出して良いかわからない状態です。  今まで加藤さんが実施されてきた加療を、継続することをお勧めします。」 先生はいつものように、淡々と物静かに語った。 しかし私にとってこの言葉は、如何に素晴らしい響きで伝わってきたことだろうか! この一年あまり膵臓癌への対処を模索し、何度も手術の勧告を受けながらも、 自分なりに手探りで処方を見つけ、そして実施してきた。 その成果をこの様な形で迎えることが出来たのだ。 今回の一連の騒動の中で、初めて曇りのない光が射し込んだ気分であった。 診断医の報告書を開示して頂けたのでここに記載しておく。
・前回CT(2004/08/25)を参照した。 ・膵体部にみられた腫瘤性病変は前回CTと比較して、早期相および遅延相でさらに不明瞭化している。  体尾部は軽度腫大しており、造影早期、遅延相ともに周辺部に低吸収を認める。  また、膵周囲脂肪織の濃度上昇~網状構造を認める。 ・左腎結石を認める。 ・肝実質内に異常吸収域は認められない。 ・胆、脾、副腎に異常所見は認められない。 ・腹部に有意なリンパ節の腫大は認められない。 ・腹水貯留なし。
【結論】
  膵臓体部腫瘤
  →CT上、不鮮明化。     自己免疫性膵炎~腫瘤形成性膵炎か?
(注)早期相は動脈の映像を写し出し、遅延相は門脈(静脈)の映像を写し出す。   一般に、膵臓癌の影は早期相にて出現する。 「前回、前々回の診断医の結論には、明確にca.(癌)の文字がありましたが、  今回はご覧のようにその文字は取れ、膵炎という診断に変わっています。」 その時私には、勝利のファンファーレが微かに聴こえた。 前回は「輪郭が不明瞭化」という表現だったが、 今回は腫瘤そのものが不明瞭化している模様だ。 ・・・温暖前線だったんだな。(笑) 先生は更に続けた。 「腫瘍マーカの件ですが、実はいくつかの分析方法が変わりまして、  今まで外の業者にお願いしていたものを、市大内部で実施することになりました。  したがって、今までの値と基準が変わってしまっています。  移行期間の間は、両方で実施していたので比較は可能ですが・・・」 実際の値の内容を聞いてみると分析する機関でかなり異なる。 私たちは往々にして、分析結果を定量的な数値で示されると、 それが科学的で確実な指針であると考え、その数値の増減に一喜一憂しがちである。 しかし、検査環境が変わると腫瘍マーカの値も変わるぐらいなのだから、 統計的な正常値と比べることすら、なんだか曖昧で頼りないものに思えてきた。 これらの数値に振り回されるのはある意味滑稽でもあると感じる。 とりあえずここに、過去の値も併記しつつ、今回の値を記載しておこうと思う。
マーカ名 正常値 4/21 8/25 <今回>
11/24
CA19-9 37 以下 (7)
-
(7)
3
(-)
3
CEA (5.0 以下)
3.8以下
(7.2)
-
(6.1)
4.7
(-)
4.8
SCC 1.5 以下 1.7 2.2 1.1
SPan-1 30 以下 4.8 6.5 3.2
Dupan-2 400 以下 - 25 25
白血球 4000~8000 8200 6900 5900
アミラーゼ 50 ~ 170 127 91 133
リパーゼ 9 ~ 40 127 112 195
(注)CA19-9とCEAにおける括弧()の数値は、外部業者による分析値。 外科的な手術を必要としない状態になったことで、先生の説明にも緊迫感が薄らいでいた。 「その後、取り立てて自覚症状は起こっていませんよね?」 私は先日の不安な一週間を思い出した。今も時折お腹に少々の違和感がある。 「実は、3週間前から少々お腹がシクシクし始めました。  特に食事を取るとその傾向が顕著になります。  胃の変調の場合は空腹時に、膵臓の変調の場合は満腹時に起こると聞いたことがあり、  ちょっと心配なのですが・・・。」 「そうですね。加藤さんの場合は、膵炎の可能性もまだ残っています。  画像診断医も膵臓表面に多少の変調があることを指摘しています。  ただ、著しい兆候ではありません。膵炎の場合も膵管の肥大が起こるのですが、  加藤さんの場合は、まったくそれもありません。」 まあ、しばらく様子を見てみるか・・・。 4月時点で撮影した画像フィルムと今回の画像フィルムを目の前に見ながら、 私は、多少鷹揚に構えた気持ちで考えた。 素人目に見てもはっきりわかる3cm大の腫瘤の影が、今回のフィルムには全く写っていないのだ。 「より詳細に調査する為の提案としては、膵臓に造影管を挿入し膵管の状態を調べる方法があります。  膵液の採取もできますので、浮遊する癌細胞の有無も検査できます。」 「その検査は、患者への浸襲を伴うものですよね?」 「そうなります。」 「そうですか・・・。今の私は、あまり自分の体をいじくり回したくない気分です。  検査によって処方に関する大きなディシジョンをするという目的があるならば別ですが、  今の私の状態ですと、検査結果を受けても何も処方に反映できず、  何のための検査かわからないような気がするのですが・・・」 先生は、反省するような目つきで穏やかに答えた。 「そうですね。確かにこの検査をしても確定診断には至りません。止めておきましょう。」 ちょっと言い過ぎちゃったかな。私は心の中で舌を出した(笑)。 「念のため、また3ヶ月後にダイナミックCTの検査をすることにしましょう。  それまでの間、何か変化が起こったらすぐに来院して下さい。」 「はい、そうさせて頂きます。今後ともよろしくお願いします。」 状況が好転を見せていることで、今回の診療は早く終わった。 次回の検査は来年の春、3/9(水)。その検査結果を聞くのは3/16(水)とした。 暖かい春を迎えるられることを、心から祈った。
 12/24(金)
そろそろ今年も暮れようとしている。 私にとって、2004年は忘れることの出来ない年になってしまった。 しかし考えようによっては、恐ろしい膵臓癌という病に対峙し、 たった1年でそれなりの成果を得た充実の年だったと言えるかもしれない。 それを思うと、何に感謝して良いのか戸惑うほどの幸運を感じている。 まだ気は抜けないが、今私は「生還」しようとしているのだ。 1ヶ月ほど前からのお腹のシクシク感も、今はほとんど無い。 この症状も、今では自分なりに解明したつもりだ。 お食事中の方には申し訳ないが、 (インターネットをしながら食事している人は少ないとは思うけど)笑 実はお腹の変調後しばらくして、便に海苔のようなものが混ざる日が2~3日続いた。 私は、これが噂の「宿便」ではないかと考えている。 玄米菜食により腸の状態が良くなり、しかも大腸の形状も良変したことで、 壁面にこびり付いていたものが剥がれたのではないかと想像している。 振り返ってみるとシクシク感はみぞおちだけではなく、ちょうど大腸に沿ってお腹全体にあった。 このシクシク感やキリキリ感は、宿便が剥がれる際の感覚だったのではないかと、 今では考えている。 俗に言う宿便が本当に存在するのかどうか私にはわからない。 しかし確かにその後、更に便通が良くなった気がする。 そして、半年近い玄米菜食が私の体を好転させているという手応えがある。 1年の経過を書き連ねたこの文章を読み返すと、 私の場合、いろいろな分岐点で最適な方向に導かれていった感がある。 その意味で、同じ境遇に陥った方々に私の経験がそのままの形で適用できるとは断言できない。 ただ一つだけ、高邁なアドバイスを許して頂けるのであれば、 「自律した思考の大切さ」に尽きる気がする。 その思索で到達した事を一言でまとめよと言われたら私はこう答える。 「良いものを摂ろうとするのではなく、  悪いものを摂らないというパラダイムシフト」 少しでも参考にして頂ければと心から思っている。 とても幸運なことに私は、「膵臓癌」という思索テーマと、 更に「その好転」というドラマチックなプレゼントを、神様から頂くことができた。 今、私の手元には、4月末/8月末/11月末の3つのダイナミックCT画像がある。 究極のヌード写真(笑)なのでとても恥ずかしいのだが、 膵臓にあった腫瘤の影が消えていく様を公開しようと思う。 同じ境遇に陥った方々がこの画像を見て、少しでも「希望」を感じられたら、 それは私から皆様への、ささやかなクリスマス・プレゼントだと思って頂ければ幸いである。 2004.04.28 「3×2.5cm大の低吸収値腫瘤を認める」 別の病院の3人の医師から、独立に強く手術を勧告された。 2004.08.25 「腫瘤部の境界面が不明瞭化している」 この段階では、好転か悪化かはっきりわからなかった。 2004.11.24 「腫瘤性病変はさらに不明瞭化している」 腫瘤箇所特定できず。手術不要の診断に変わった。
外科診断から内科診断への移行  (2005年3月~6月)
 3/16(水)
暖かな春の陽射しの中、一週間前に実施したダイナミックCTと 血液検査の診断結果を聞くため市大病院に向かった。 ダイナミックCTの腫瘤の影がよもや復活してはしまいかと心配したのだが、 幸いなことに、3ヶ月前と同様まったく影は映っていなかった。 診断医の報告書タイトルにも「膵体部腫瘤」の後に「follow up」という文字が付いた。
膵体部腫瘤 follow up
【所見】
 ・膵は体尾部にかけてびまん性に腫大をきたしている。   造影早期にて尾部に濃染を認める。   後期像ではほぼ均一な増強効果を示す。   膵腫大部周囲の脂肪濃度が軽度上昇しており炎症の波及を疑わせる。  ・主膵管に病的な所見は認めない。  ・胸水、腹水なし。  ・病的リンパ節腫大は認めない。  ・肝、胆、脾、腎、副腎に異常はない。  ・肺底部に結節影はない。
【結論】
   膵体尾部びまん性腫大:周囲脂肪織濃度上昇
   *自己免疫性膵炎等の炎症性病変疑い
大切な膵管に異常は無いし、自覚症状も全くない状態で推移している。 しかし、膵臓自体が肥大傾向にある事も前回と同様であった。 また、周辺部の脂肪濃度が上昇しているとのこと。 玄米菜食で、以前と比べて脂肪分の摂取は激減しているのだが、 一体私の体は、何を思ってこんな反応を示しているのだろうか。 血液検査の結果は、アミラーゼやリパーゼが桁違いの高値を示してしまった。 予想外の数値に少々愕然としたが、主治医の先生は切迫した雰囲気はなく、 自己免疫性膵炎の疑いがあると淡々と語ってくれた。 この冷静な物言いはとても安心感を与えてくれる。
マーカ名 正常値 4/21 8/25 11/24 <今回>
3/9
CA19-9 37 以下 (7)
-
(7)
3
(-)
3
(-)
19
CEA (5.0 以下)
3.8以下
(7.2)
-
(6.1)
4.7
(-)
4.8
(-)
5.1
SCC 1.5 以下 1.7 2.2 1.1 1.2
SPan-1 30 以下 4.8 6.5 3.2 12
Dupan-2 400 以下 - 25 25 25
白血球 4000~8000 8200 6900 5900 5200
アミラーゼ 50 ~ 170 127 91 133 714
リパーゼ 9 ~ 40 127 112 195 1411
CRP 0 ~ 0.6 0.1 0.3 0.4 0
「CEAの値も高めですが、画像診断では悪性腫瘤は認められませんので、  加藤さんの場合はもともと体質的にCEAが高めであり、  それが加藤さんにとっての正常値なのかもしれません。」 先生は、血液検査の解説を続けた。 「アミラーゼやリパーゼが高値であることや周囲脂肪織濃度が上昇していることから、  自己免疫性膵炎の可能性があります。  今は自覚症状はないとのことですが改善する必要があります。  高濃度のアミラーゼやリパーゼに長期間さらされると、  膵臓が痛めつけられて将来的に糖尿病になる恐れがあります。」 なんとか悪性腫瘤(癌)の影を消し去ることが出来たが、今度は自己免疫性膵炎というテーマ発現。 一体、いつになったら卒業できる事やら・・・。 「ただ、これもまた矛盾する結果なのですが、内臓が炎症を起こした場合、  高頻度に反応が出るCRPという血液マーカがゼロを示しています。  自己免疫性膵炎としても確定的とは言えません。」 先生は更に、自己免疫性膵炎という概念は最近確立されたものであること、 その判定規約は2年前にやっと策定されたことなどを教えてくれた。 「まだ、それ程の症例が蓄積されていないのが実状です。」 なんだか歯切れの悪いドラマみたいになってしまった。 スパッとエンディングにしたかったのだが・・・。 とは言うものの、人生がエンディングしてしまう事態にならなかったのだから、 贅沢は言えないけれど(笑) 「先生、膵炎になる原因は何なのでしょうか?」 「残念ながら、はっきりしていません。まだわからないことが多いのです。」 「処置としてはどんなものがあるのでしょうか?」 「ステロイドの投与となります。」 ステロイド! 副作用が強いとか免疫力が低下すると聞いたことがあり、あまり気が進まない。 ましてや今の私には自覚症状が全くないので、積極的に投与する気になれない。 「・・・私は食事の改善で、腫瘤をある程度克服できたと感じています。  その意味で人工的なものをあまり投与したくありません。  ステロイド投与以外に何か手だてはないのでしょうか?  例えば、食事を気を付けることとか、生活習慣で改めることなど・・・」 「残念ながらありません。とにかくまだわかっていないことがとても多いのです。」 今日の先生は“わからない”という言葉をよく口にした。 しかし、かえってそれが誠実な印象を与える。 「今の加藤さんの場合、既に手術の可能性は無くなりましたし、  外科よりもむしろ内科の診断の方が相応しい状況になっています。  この際、内科に移ることをお勧めします。」 完全に卒業できなかったけれど、内科に進級できるといった所だろうか(笑) 「わかりました、そうします。  ただ、癌の疑いの中で、先生に膵臓癌に関する知識を親身に教えて頂き、  考えを整理して自分なりの処置を進めることが出来ました。  これからも、できれば先生に診てもらいたいのですが・・・。」 「主治医としては離れますが、私も加藤さんの症状がとても気になっています。  これからも検査結果などはきちんとトレースしますのでご安心下さい。  半年後にまた私が診察しましょう。」 「ありがとうございます。よろしくお願いします。」 先生は診察予約を9/14に入れてくれた。 「あと、もう一つお願いがあるのですが・・・。  私が横浜市大に移ってきた理由はPETを受診するためでした。  前回のPETでは残念ながら陽性となってしまいましたが、  ダイナミックCTの影が消えた今、次回のCTの代わりに再度PETをしてみたいのですが。」 注目している臓器の腫瘤が消えると時を同じくして他の臓器に転移が始まる事もよくあると、 前回受診の際先生から説明を受けていたので、全身を網羅的にチェックできるPETは、 その心配を払拭するには最適だと私は考えたのだ。 「それは良いですね。実は私もそれを提案しようと思っていたのです。  加藤さんがよろしければぜひ受診して下さい。」 PETの予約を7/15とした。 前回の陽性結果に対するリベンジのような心境もあった。 「体重は如何ですか? はじめに来院された時は、67Kgありましたよね。」 「はい。現在は62Kgです。玄米菜食を始めて1ヶ月で5Kg落ちましたが、  同様の食事を続けても、もうこれ以上痩せません。半年間完全に安定しています。」 「なるほど。」 先生はうなずきながら、カルテにラフな体重変化のグラフを書き込んだ。 内科診察の予約を4/20に入れて、本日の診察を終えた。 また1ヶ月後に病院に来なければならない。 私はこの1年あまり、外科的な側面で癌のいろいろな知識を吸収してきた。 神様は、今度は私に内科のお勉強をもさせようとしているのであろうか! うららかな陽射しの中で私は、卒業と進学を迎える若き日の春を思い出していた。
 4/20(水)
横浜市大病院内科へ。 担当の医師が不在で、代理の若手医師から問診を受けたのみ。 若手医師は今までのカルテを棒読みするだけで、 私は相槌を打つために病院を訪れた格好になった。 新しい情報も得られなかったし、新しい進展も何一つ無かった。 担当の医師が不在なら不在で、前もって連絡してくれればよいのに・・・。 こちらは会社も休み、緊張感を持って臨んでいるのだ。 病院側は患者の生活をどう考えているのであろうか。 些細なことかもしれないが、こういった気配りのなさは、 患者のQOL(Quality of life)を軽視する傾向に直結していくとも言える。 少々情けない気分になった。 前回のアミラーゼとリパーゼの高値が気になったし、 何もせずに帰宅するのはあまりに不甲斐ないので、 採血と採尿をお願いし、改めて5/13(金)の予約をして帰宅した。
 5/13(金)
「大変でしたね。」 内科の診察室に入ると開口一番、この言葉を掛けてもらった。 目の前の先生は精悍な感じの若手医師で、そのキレの良い発言から、 経験の豊富さを背景にした信頼感が感じられる。 「いろいろな意見はあると思いますが、CT画像を診断する限り典型的な膵炎です。  私の見立てですと自己免疫性膵炎の可能性が高いと思います。  膵臓が肥大していますよね。これを私はソーセージ・ライクと呼んでいます。  膵臓表面の脂肪繊濃度も高くなっています。典型的ですね。」 目の前のパソコンに写し出されたCT画像の膵臓部分をマウスカーソルでなぞりながら、 その医師は口早に話を展開した。 「お酒はどの位飲みますか?」 「お酒はそれ程好きな方ではありません。付き合いでたしなむ程度です。」 「そうですか。アルコール摂取量が多いと膵炎になりやすく、また酷い症状が出ます。」 医師は説明を続けた。 「自己免疫性膵炎ならば、ステロイドを投与すれば1週間以内に好転します。劇的に治ります。  ただ、自己免疫性膵炎の診断基準に基づいた診断を付けないと治療できません。  精密な診断をするために、血管造影検査をする必要があります。  この検査は、少々難度が高いため2週間入院してもらいます。」 私はしばらく聞く一方になってしまった。 とにかくこちらから尋ねたいことをきちんと伝えなければ。 「血管造影検査とは、何を検査するのが目的なのでしょうか?」 「基本的には、膵管の状態を直接見るのが目的です。CTやMRは所詮間接的な画像に過ぎません。」 あくまでも素人の印象だが、血管造影検査は今の自分には過剰検査に思えてならない。 「なるほど。しかし先生・・・、  自覚症状のまったく無い今の状態で、血管造影検査のような大掛かりな検査をする気になれません。  CTやMRのような浸襲を伴わない検査なら良いのですが・・・。」 医師は、それは困ったという態度で背もたれにもたれかかった。 「自己免疫性膵炎も初期の自覚症状はありませんよ。  確かにこの検査で、いろいろな合併症を起こす可能性はあります。  しかし診断情報がなければ私は何もできません。膵炎も放置すると命を落としますよ。  まあ、自覚症状が出てかなり酷くなったら所詮私の所に来ることになりますから、  その時は、きちんと治療して差し上げますが・・・。」 医師の発言トーンは、強い自信の程を表していた。 市大内では膵炎の第一人者なのかもしれない。 診療のやりとりはなんだかせわしない感じだが、腕とキャリアは確かなようだ。 「私の判断としては、早くステロイドを投与して膵臓の炎症を抑えた方がよいと思います。」 市大病院に移った直後のPET検査の診断時、自己免疫性膵炎の可能性もあると 外科の先生に教えてもらったことを、私は思いだした。 「1年前に、外科のU先生にも自己免疫性膵炎の可能性を指摘されました。  しかし、癌と膵炎の治療は免疫機構に対して正反対の処方になるため、  安易に投与出来ないと言われたのですが。」 「外科のU先生とも毎日のように情報交換をしていますよ。」 医師はカルテを手早くめくり、過去の記載に目をやりながら話した。 「東京都済生会中央病院から移られたのですね。O先生ですか。  実は、私は以前あの先生の下で働いていました。良く知っていますよ。腕のいい先生です。」 そう言われてみると、この先生の問診スタイルは東京済生会の先生のそれと妙に似ている気がした。 血管造影検査を強く勧めるところまでそっくりだ。(笑) 私はステロイドの投与に関して聞いてみた。 「先生、もしステロイドの投与で症状が消失したとしても、  膵炎になった私自身の体質が改善されない限り、またいつか再発する可能性があるのですよね?」 「その通りです。」 「では、膵炎になる根本原因は何なのでしょうか?」 「わかっていません。ただ、ステロイドを投与すればかなりの確度で治ります。  膵炎に関しては、申し訳ありませんがここで詳しく説明している時間はありません。」 医師は腕時計を見ながらイラついた感じを出した。(でもまだ10分も経っていませんから)笑 診療にたっぷり時間を取ってくれた外科の先生とはまったく正反対のスタイルである。 外科と内科では患者の込み具合も違う、という事情があるのかもしれない。 私は、過去のプロセスをもう一度きちんとトレースして欲しくなった。 「前回、前々回のCTの結果では、膵管の肥大は無いと診断医の診断書に書かれていました。」 「放射線科の検査医は、膵臓の専門家ではありません。」 医師はキッパリと言い切って、過去のCT画像をパソコンに写し出した。 「なるほど、はっきりと影が見えていますね。このような状態ですと切ってしまう症例は多いのです。」 おいおい、自分の患者の最も問題と思われる画像を、今初めて見るのかよ(苦笑) まあ、臨床医は超多忙だからしかたないか・・・。 「3名の医師から独立に手術を強く勧められました。でも手術せずに今に至っています。」 「結果オーライでしたね。」 その一言で済ませられるほど軽い経験ではなかったのだが、私はまったく腹が立たなかった。 過去のことなどどうでも良い。それよりも「今の私」が問題なのだ。もっと情報を得たい。 医師は続けた。 「膵頭部の炎症が尾部に広がってきたのかもしれないですね。  このような場合はまわりの臓器まで浸食している場合が多いです。」 医師の言い様は、既に“膵癌”の話ではなく“膵炎”の話に完全に移行していると感じた。 「結局、私は癌ではなかったのでしょうか?」 「この影が癌だったかどうかははっきりしません。ただ現時点では影は消えていますし、  それにもう1年経っているんですよね。少なくとも今の症状は癌ではない可能性が大です。  玄米菜食なども良い方向に働いたのかもしれません。  そもそも自覚症状のない状態で、どうして膵臓癌の診断に行き着いたのですか?」 私は、会社の健康診断による胆嚢ポリープのトレースから事が始まったことを説明した。 「胆嚢ポリープ! それもないがしろには出来ませんよ。  ポリープが大きくなった場合は手術で摘出することになります。」 先生はパソコン上の断層写真を胆嚢の位置に合わせながら言った。 「一連のCT画像を見る限り、かなり大きそうです。」 ううっ、なんだか脅迫されている感じ。(笑) 私は、血液検査の件に話題を移した。 「実は3月の血液検査でアミラーゼとリパーゼが非常に高い値でした。」 医師はパソコンに血液検査のデータを展開した。 「これは異常ですね!」 先生が声のトーンを上げたので、私はすぐに言い添えた。 「でも、CRPの値は・・・」 「高かったのでしょう?」 「いえ、ゼロでした。」 「う~む。・・・しかし、このアミラーゼとリパーゼの値は高すぎる。やはり典型的です。」 私は、もう少し多角的に判断して欲しいと思った。 「実は前回、血液検査をしてもらったのですが、その結果は如何だったのでしょうか?」 医師は、今度は先月(4/20)に実施した最新の血液検査データをパソコンに写し出した。
マーカ名 正常値 4/21 8/25 11/24 3/9 <今回>
4/20
CA19-9 37 以下 (7)
-
(7)
3
(-)
3
(-)
19
(-)
4
CEA (5.0 以下)
3.8以下
(7.2)
-
(6.1)
4.7
(-)
4.8
(-)
5.1
(-)
4.9
SCC 1.5 以下 1.7 2.2 1.1 1.2 1.0
SPan-1 30 以下 4.8 6.5 3.2 12 -
Dupan-2 400 以下 - 25 25 25 -
白血球 4000~8000 8200 6900 5900 5200 5600
アミラーゼ 50 ~ 170 127 91 133 714 65
リパーゼ 9 ~ 40 127 112 195 1411 26
CRP 0 ~ 0.6 0.1 0.3 0.4 0 0
アミラーゼとリパーゼの値が正常値に戻っている! しかも、今までの検査で一番低い値である。 CRPもゼロのままだ。 やった! 私は心の中で叫んだ。 しかし、3月の高値は一体何だったのだろう。 「膵炎は症状が突然良くなったり、また悪くなったりを繰り返すことがあります。  とにかく、ここで膵炎の話を詳しく説明している時間はありません。  インターネットで勉強なさって下さい。」 医師は、手元の紙にいくつかのキーワードを書いてくれた。 「自己免疫性膵炎、日本膵臓学会、都立駒込大K医師、京大O医師、信州大K医師・・・。  それと、IgG4という血液マーカがあります。自己免疫性膵炎で高率に出るマーカです。  ただし、このマーカの検査には保険が効きません。」 どうしてそれほど有効な検査に保険が効かないのだろうか。 人体の不思議以上に不可思議な人間界の掟・・・(苦笑) 自己免疫性膵炎に関する概念がまだ新しいことを物語っているのかもしれない。 「さて今後の治療方針ですが、どうしましょうか・・・。  MRCPは済生会病院で1年以上前に実施したのみですよね?  再度、MRCPをやってみますか?」 「膵臓癌をターゲットにしてきた今までは、ダイナミックCTをしてきましたが、  膵炎の場合はMRCPの方が有効なのでしょうか?」 「そうです。ただ、人によっては画像がぼけるのが難点です。」 6/8(水)にMRCPの検査予定を入れ、その結果を6/13(月)に聞くこととして内科の診療室を出た。 帰宅したら自己免疫性膵炎をテーマにしたネット学習だな。 思えば1年前「膵癌ではなく、ただの膵炎だったらどんなに喜ばしいことだろう!」と 心から祈り続けていた。 今となっては、それはまるで遠い過去の記憶の様な気がする。 このホームページのタイトルを変えた方が良いのだろうか。(苦笑) そんな感慨に浸りながら、家路に向かってハンドルを切った。
 6/8(水)
MRCPの検査は1年4ヶ月ぶり。 今回は造影剤の注入もないタイプなので、まったく負荷無く検査できた。 CTに比べ、ドーナツ型の穴の部分が狭く閉塞感があるが、苦になるほどではない。 独特の大きな音も、二度目ともなると気にならなかった。 何度も息を止めて撮影を行った。 帰り際に、コンピュータで検査結果を処理するガラス張りの部屋を横切ったが、 そこではすでに私の断層画像が、ディスプレイ上に並んで写し出されていた。 思えば検査して直ぐに診断に入れるだけの科学技術を、私たち人類は既に手にしているのだ。 この技術に追いついていないのは、人間側の管理システムや業務システムなのだろう。 そう言えば、昔は単純なレントゲン検査の診断も何日か待たされた気がするが、 最近は、たとえば整形外科や歯科などでは、その場で診断してくれるようになっている。 近い将来CTやMRなどの検査も、そのレベルに達すると信じたい。 結果は5日後。 膵臓の肥大が納まっていればいいのだが・・・。
 6/13(月)
「まあ、しばらく様子を見てみましょうか。悪化はしていません。」 診察室に入るなり、先生は言葉を掛けてきた。 「良くもなっていないのでしょうか?」 私は椅子に腰を下ろしながら尋ねた。 「なっていません。以前と同じです。リムサインが出ています。」 リムサインとは何だろう?  Rim-Signだとすれば、昨年末に言われた周囲脂肪織濃度のことであろう。 何にしても、患者としてはあまり専門用語を使って欲しくない。 先生はMRの写真を目の前に展開してくまなく眺め回すようにして続けた。 「MRは遅い流れが良く映るのです。」 今までCT写真を見慣れてきたが、確かにMRの画像は血管など各種管形状が鮮明に写し出されている。 「前回胆石も悪い兆しがあると診断していましたが、如何でしょうか?」 「ここに影がありますね。しかしそれほど大きくない。  胆管は綺麗に写っており正常です。大丈夫でしょう。」 前回の脅迫は何だったのだろう(笑) 癌の宣告という激烈な経験を経た私は、医師の発言を冷静に受け止めて、 ある程度客観的に分析できるようになったようだ。 医師によって診断における発言のオーバーマージン量が異なる。 その分量がすぐに把握できるようになってきた気がする。 「膵管の方は、細くなっているようですね。」 「今までは良好であるという意味で“膵管の肥大は無い”と言われてきたのですが・・・」 「細いのも問題です。膵液が流れにくくなって膵臓自体を傷めます。  放置すると硬化石灰化し、繊維化して膵石が形成されていきます。」 膵炎も侮れる病ではない。 インターネットによると慢性膵炎は厚生労働省が特定疾患として難治性膵疾患の刻印を押している。 統計によると生存7年。侮れない難病なのだ。 「前々回、血液検査に加えて尿検査をしました。  その診断を前回聞きそびれたのですが、結果は如何だったのでしょうか?」 先生はパソコンで検索を始めた。 「正常ですね。アミラーゼも175で問題ありません。」 「そうですか・・・。」 私は内心ホッとした。 「しかし、3月の血液検査のアミラーゼとリパーゼの値は明らかに異常です。これは高すぎる!」 医師としての性分なのかもしれないが、 この先生は異常な部分のみをクローズアップし、正常な部分をオミットしてしまう傾向が強い。 まあ逆だったら、医師として問題だけど(笑) 「ステロイドを嫌うならば、フォイパンを投与してみますか?  膵液の力を弱める薬です。膵臓の炎症を少しでも抑えたほうが良い。」 初めて聞く薬の名前に、私は少々身構えた。 「いえ、それも飲みたくありません。  申し訳ありませんが、まったく自覚症状の無い今、人工的なものは一切口にしたくないのです。」 それを聞き先生は、既に薬の処方箋に走らせ始めていたペン先を止めて、少々困惑の表情を浮かべた。 しかし、私は毅然として拒否した。 癌を宣告され、膵臓、脾臓、胆嚢などをごっそり摘出せよと3名の医師に通告された。 もしその指示に従っていたら、今頃どうなっていたことか。 そんな経験をした私が、どうして今更安易に医師の処方する薬を妄信し、経口することが出来ようか。 自宅に戻ってからインターネットで知ったが、フォイパンは「タンパク分解酵素阻害薬」とのこと。 比較的高価な投薬らしく、派生的に「ジェネリック薬品」というものの存在も知った。 「実は昨年の春、外科のU先生のアドバイスで、自己免疫性膵炎にターゲットを絞った血液検査をしました。  それがIgG4だったのではないかと思うのですが・・・」 「なるほど、彼だったらそれを調べるかもしれません。U先生は外科には珍しく、かなり慎重ですからね。」 過去のデータをパソコンで検索しながら、先生は苦笑を浮かべながら厭味の無い口調で毒舌を吐いた。 「彼はいつもウジウジと考えて続けてます。まるで内科医のようだ。」 私は、先生の方も外科医のようにズバズバと断定しすぎでしょう、と心の中で呟いた。 二人の対比が妙に可笑しい(苦笑) 「う~む。これはIgGの方だな。IgG4ではない。U先生らしくないな。」 「そうですか。」 「値は1252ですから、IgGとしては正常ですね。」 (帰宅後のインターネット調査では、正常値は800~1800[mg/dl]であった) 私は、次回のPET検査の際、IgG4も検査してもらいたいと申し出た。 「結構ですよ。ただこのマーカーには保険が適用できません。  5千円ぐらいかかってしまいますがよろしいですか。」 「はい、結構です。」 インターネットで勉強した所によると、IgGには1~4まで4つのサブクラスがあって、 その内のIgG4が自己免疫性膵炎に特に顕著な値を示す。 「これほど効果的な検査に保険が効かないのは、何故なのでしょうか?」 「絶対数が少ないからです。」 先生はキッパリと即答した。 確かに保険は、国民から税金という形で収集したお金を再び国民に還元しているに過ぎない。 国民への公平性を成立させるためには、実施頻度の高い処方や検査に限定して適用する必要があるのだろう。 「今まで超音波はやられましたか?」 「1年以上前に済生会病院で受けて以来やっていません。」 「では、今やってみましょう。」 先生は院内PHSで、診察のための準備を指示し始めた。 「自己免疫性膵炎は70才以上の老齢者に多いんですよね。  加藤さんのような若さで出るのは珍しいのですが・・・」 「そっ、そうなんですか!?」 私は体が老化しているのだろうか(苦笑) 診察室に入ってきたのは女性の医師で、 どうもその所作からまだ経験の浅い先生のようだった。もしかしたら研修医かもしれない。 「膵臓は2cm位の厚みがあります。  超音波で見た所、厚さ方向は肥大していないようですね。」 先生は、超音波画像を覗き込みながら呟いた。 「胆嚢にやはり胆石がありますね。5mmから1cm大です。  大きめですが多発傾向が見られますので、まあ加藤さんの体質かもしれません。」 “多発”という言葉は悪い印象を与えるが、どうやら逆のようだ。 一ヶ所に集中して発生して、それが大きく成長してしまう方が問題だとのこと。 「左側の腎臓にも石が見えます。」 超音波のセンサーをいろいろな角度からお腹に当てられた。 結局、超音波でもはっきりしたことはわからなかった。 ただ、膵臓が肥大していることだけは確かなようだ。 「痛みなどは、本当に無いのですか?」 「ええ。まったくありません。」 「不思議だなぁ~。しかし痛みが無いのはかえって危険かもしれません。急に症状が出る可能性があります。」 インターネットで勉強したのだが、慢性膵炎には潜在期-代償期-移行期-非代償期という4つのステージがあり、 潜在期では自覚症状がない。私がもし慢性膵炎であれば潜在期なのだろう。 「まあ、しばらく様子を見ましょう。  辛いかもしれませんが、ステーキなど肉の塊はしばらく控えてください。」 塊どころか、ここ1年あまり肉も魚も卵もほとんど口にしていない。 「ただあまり極端ですと、栄養が偏って異化作用が起こります。」 「異化作用・・・ですか。」 「まあでも、大豆を食べていれば大丈夫かな。」 先生は独り言のように付け加えた。 最後に、7/15(金)にPETと血液検査をすることを確認し、 その診察結果を8/1(月)に受けることを予約して、今日の診療を終えた。
継続的な検査へ  (2005年7月)
 7/15(金)
日射しは、すっかり夏。 余命数ヶ月と言い渡されてから1年半あまりが過ぎた。 まったく自覚症状の無い状態で、 この健康的かつ活動的な青い大気の中に存在していることが嬉しい。 自己免疫性膵炎に特徴的に出現するIgG4の血液マーカ検査と、 PETによる癌細胞のチェックのため、横浜市大病院に赴いた。 血液検査の後、放射線検査フロアに移動。 受付をすると1時間遅いと言われた。 横浜市大病院の領収書には、次回以降の予約票が添付される。 そこには日付と時刻もきちんと印字される。 とても気の利いたシステムなのだが、 検査に関しては「検査開始時刻」であり「受付時刻」ではないとのこと。 PETは検査を開始する以前に放射性同位元素のブドウ糖液を体内に注入して 小一時間安静にしていなければならない。 その時間が考慮されていないのだ。 この印字時刻は患者視点ではなく、検査側の思惑で刻印されている。 看護士の方に改善を訴えてみた。 「その通りなんです。実は3年も前から私たちも訴えているのですが、  なんでも大型コンピュータのシステムとのことで、変えられないらしいのです。」 横浜市大病院の情報システムがどのベンダーによって開発されたか知らないが、 これは実に芳しくない。そのため、この手のトラブルが多発しているらしい。 このような形でIT技術を活用すると人がマシンの下部になってしまう。 結局、検査スケジュールを調整してもらい、2時間後に検査開始となった。 ブドウ糖を注射してから、1年前にはなかったPET用の控え室に移動した。 その名も「陽電子待機室」。なんだかSFに出てくるような名称だ。(笑) その後1回目の検査を1時間掛けて行なった。 ドーナツ型の放射性同位元素トレーサーに布に包まれて差し込まれ、 1時間じっとしている。そして実にゆっくりとした動きで全身をトレースする。 その後再び「陽電子待機室」で1時間安静にして、 今度は上腹部のみを15分ほど掛けてトレースした。 待ち時間や検査時間が長いので、 控え室には安らぎを感じる心地よいBGMが流れていた。 そして驚くべき事に、検査室の中にも柔らかい音楽が流れていた! こうした患者視点の配慮が嬉しい。 受付遅延のトラブルで、かなり長い時間病院にいたが、 なんにもしても、良い検査結果が出るのを祈るばかりである。 しかし、IgG4であろうがPETであろうが、 どんな結果が出ようともビクともしない精神的な基盤が 今の私には出来上がっているような気がするのだ。
 8/1(月)
血液IgG4マーカとPETの結果診断を受けに横浜市大病院へ。 診察室に入るとすぐに、医師は親しみのある口調で早口に伝えてきた。 「あ~、加藤さんどうも・・・。実はですねぇ~。  IgG4は93でした。値としては高くありません。」 「そうですか・・・。」 先生があまりに残念そうに言うので、低い値を期待していた私も、 ついつられてしょげた返事をしてしまった。(笑) 「変だなぁ~、一体何なんだろうなぁ~。  私の見立てだと、明らかにソーセージライク。  典型的な自己免疫性膵炎なんですけどねぇ~。」 先生は困ったように、ボールペンの先で机を小刻みに突付いて続けた。 「でも確かに・・・。  私は自己免疫性膵炎の患者を4名ほど受け持っているのですが、  明確に全員、IgG4は高く出ています。」 自分自身に語りかけるように先生は言った。 「高値というのは、具体的にはどの程度の値なのでしょうか?」 「135とか・・・、ですね。」 値のスケール感が把握できないので、更に突っ込んで聞いてみた。 「正常範囲というのはどの位なのですか?」 「まあ一般に100以下が正常です。」 えっ!? 私の93なんて、100ギリギリではないか。 本当に正常と言えるのかな? 少々釈然としなかったが、それ以上突っ込むのを控えた。 自分で調べれば良いことだ。 (帰宅してインターネットで調べてみたが、  自己免疫性膵炎を疾患した場合は、135から1200にまで分布している。  この分布感からすれば、確かに93は異常とは言えない。) 先生は更に続けた。 「ちょうど先日学会がありましてね。  いろいろな情報を得たのですが、やはり自己免疫性膵炎は老年層に多い。  加藤さんのような若年層には多くないんですよ・・・。  自己免疫性膵炎は、いろいろな調査を経て症例を蓄積している段階で、  わかっていないことが多いのです。」 先生は中空を眺めながら言い添えた。 「先生、PETの結果はいかがだったのでしょうか?」 私は次の話題に移す事にした。 「ああ、PETですね。」 先生はパソコンをアクセスしながら言った。 「PETはねぇ~。実は私はあんまり信じていないんですよ。  あんなボケた画像でピーク値を見ても正確ではないと思います。  臓器の形状すらはっきりしない。まあ PET-CT ならまだましですけど。」 この先生は、どうやら有形知よりも無形知を尊重するタイプかもしれない。 自分の目で臓器の様相を把握し診断するタイプなのだ。 画像診断医が提出してくる値などあまり信じていない。 私としても、無機的な検査数値を妄信する医師よりも、 このタイプの医師の方が信頼が置けると思う。 PET-CT に関しては私は既に1年前に、東京女子医大のサイトでその存在を知っていた。 先日のPET検査の時、小耳に挟んだ診断師同士の会話の中にも出てきており、 どうやら、横浜市大でも実施され始めているのかもしれない。 「でもせっかくお金を払って検査してもらったのですから、教えて下さいよ。」 私は思わず友達のような口調になってしまった。(笑) 「もちろんお伝えしますよ。  ただPET検査は外科のU先生の方で処方したので、私からは診断を明言できないのです。」 以前から何となく感じていたのだが、 どうも医局はセクショナリズムというか娑婆意識というか、 患者を悪い意味で自分の囲い客のように捉えている感がある。 そこに越権行為やシャバ荒らしをタブーとする市場主義を感じる。 確かにいろいろな診断医の意見が錯乱すると無責任状態になるので、 主治医をきちんと決めることは適切であろうが、あまり排他的になると総合的な判断が鈍るような気がする。 患者の方からすれば、医局とか医科は単なる手段であり、病気さえ治してくれればそれで良いのだ。 病気が外科のものか内科のものかの仕分けなどどうでもよい。 そもそもそれらのカテゴリーは人間が効率化のために勝手に決めたボーダーであり、 自然の摂理には、内科だ外科だといった境界など存在していないのだ。 「PETの集積は4.6ですね。通常4.9以上で異常と言われています。」 パソコンに写し出された診断医の所見を見ながら先生は言った。 4.6・・・。前回が4.4だったので、悪化している!(ショック) 私の癌は増殖しているのであろうか!? 先生は更に続けた。 「膵尾部でピーク値が出ているとありますね。前回は膵頭部だった。  膵炎の炎症部は膵頭部から膵尾部に移動したり、逆に動いたりすることがよくあります。」 癌ではなく、あくまでも膵炎の目線で発言している先生の声を上の空で聞きながら、 私は目の前の診断医所見を必死に眺め回していた。 そして、その中に“delayed phase”というキーワードが存在することに気づいた。 所見は文章でダラダラと書き連ねられていたが、私は頭の中で以下のような表を組み立てた。
   
1時間後
- delayed pahse -
2時間後
膵頭部 1.7 2.2
膵尾部 2.5 4.6
私は堰を切ったように自分の見解を展開した。 「前回はブドウ糖を注入して1時間後の状態で測定したのみでした。  今回は1時間後の測定の後、更に1時間あけて2回目の測定をしました。  delayed phase とは2回目の方の値であり、  前回の4.4と比較すべきは4.6ではなく、1.7あるいは2.5の方ではないでしょうか?」 「あっ~、なるほどねぇ~。delayedかぁ~。そうかぁ~。」 先生は感心したような声を上げた。 「もしそうであるならば、PET値としては改善していますよね。」 私は自分自身に言い聞かせるように呟いた。 「先生、今の私は癌の宣告を受けっぱなしの状態です。  果たして、私はどういう状態なのでしょうか。  私は今、癌患者なのでしょうか。それとも癌ではなく膵炎患者なのでしょうか?」 私ははっきりさせたくて今一度尋ねてみた。 「ですからそれは生検(生体の一部を採取して組織を直接検査する)を受けてもらわないと・・・。  しかし、どんな結果が出ようとも確実に癌でないとは言い切れない。  陽性であったら9割以上癌です。  一方陰性であっても癌ではないと言い切れません。」 この議論になるとやはり堂々巡りになってしまう。 「まったく自覚症状の無い今の状態で、浸襲を伴う生体検査に臨む気になれません。」 私はポツリと言って、それ以上の展開を避けた。 私の堅い意志に先生もうなずきながら、 「まあ、しばらく様子を見ましょう。数ヵ月後にまた来て下さい。」 「新たな検査もしなくても、また来院した方がいいでしょうか?」 「まあ加藤さんのような場合は、経過観察ということで  ある間隔で通院していただいた方が良いと思います。」 は~っ、引っ張るなぁ~(笑) 「まあ、その間も異変が起きたらすぐに来院して下さい。」 「はい。その時はよろしくお願いします。」 「症状が出た時、すぐにステロイドを集中投与すれば、  加藤さんの場合はすぐに効果が出ると私は見ています。」 自信のある先生の言葉に私は確実な保険を掛けた気分になった。 10/21(金)を予約して病院を後にした。
成人病検診  (2005年9月~12月)
だいぶ更新が滞ってしまった。 このサイトは思いの外多くの方に訪れて頂けたようで、 「その後一体どうなったのか」という問い合わせや、 玄米菜食に関する相談などをメールにて多々受け取った。 今年の8月から4ヶ月以上も更新せずに放置し、大変心苦しく思っている。 今回のトラブルが起きて、はや2年が経とうとしているが、 ありがたいことに何の自覚症状も無く、平穏無事に生活できている。 特に大きな体調や心象の変化が無かったため、更新の筆も鈍った。 現在実施している療法も、食事に気を配っている程度であり、 自分が癌を告知された身であったことを忘れかける日もある程だ。 唯一、食事の折に見る淡香色の玄米が、私にそのことを思い出させてくれる。 果たして私は癌だったのだろうか? しかしこのページのタイトルにあるように 独立した機関の3名の医師からそれぞれ「膵臓癌を告知され」たのは事実である。 もし仮に癌でなかったにせよ、放置していたら確実に悪性化したことであろう。 その意味で、私は3つの幸運を持ち合わせていた。 ・早期に発見してもらえたこと。 ・手術を拒否し続ける“意志”を貫けたこと。 ・そして「食事療法」という抜本的手法に出会えたこと。 何はともあれ、この4ヶ月間の経過をご報告しておかなければなるまい。
 9/14(水)
横浜市大病院(外科)へ。 その後の病状変化も無いことから、外科の先生と相談し、通院先を完全に内科にシフトすることを決めた。 思えばこの外科の先生に出会えたことで、私は分析的かつ客観的な思考が可能となり、 自分の執るべき療法を自らの意志で選ぶことが出来た。 診察室を出る際、私は感謝を込めて心から深々と頭を下げた。
 10/21(金)
横浜市大病院(内科)へ。 何の検査も実施していなかったため、病状に関する診断も無く、 単に生体検査をするか否かの検討に始終した。 私の生検拒否の意志は固く、先生も苦笑がちであった。 次回の通院は2/24(金)を予約。 先生の判断で、CTやMRなどの検査予約も入れなかった。 「加藤さんの場合は、こうして定期的に会話をすることが大事なのかもしれません。」 まあ、様子を見てみよう。私は心の中で呟いた。
 11/7(月)
会社の成人病検診。 半日をかけて実施する結構本格的な検診である。 超音波診断も含まれており、その結果が気になるところだ。
 12/7(水)
成人病検診の結果を聞く。 膵臓に関しては、特に指摘なし。 また血液検査、尿検査など、ことごとく前回の検診に比べ改善されており、 今までの食事療法は、体質改善に対し確実に功を奏していることが見て取れた。 ただし、胆嚢のポリープと腎臓の結石を指摘された。 胆嚢ポリープは一般に99%良性とのこと。 ただ、普通は胆嚢の内側に向かってポリープが出来るが、 私の場合、外に向かって比較的大きめのポリープが出来ているそうだ。 やはり膵臓や胆嚢といった消化器系に不具合があるのだろうか。 今度の横浜市大の受診が3ヶ月先と遠いこともあり、 もう一度、健康管理センターで精緻に検査しておいた方が良いと言われた。 腎結石の方も比較的大きめであると診断されてしまった。 超音波の画像を灯にかざしながら医師は呟くように言った。 「まあ、これはかなり上部に食い込んでいるようなので、  落ちてこないかもしれません。そのままずっと保持していれば問題ない。」 「結石はどのような原因で起こるのでしょうか?」 「尿酸値が高いとできることがあります。  しかし尿酸が原因なのは結石症例の5%程度です。  残りの95%はカルシウムの集積なのですが、  その原因については残念ながらわかっていません。」  とにかく、一週間後に再度超音波診断を受けることになった。
 12/16(金)
胆嚢、腎臓、膵臓、に焦点を当てた超音波診断を受ける。 途中に起立しての診断さえあった。超音波では初めての経験である(笑) 立っているので、自分でもディスプレイの画像が見える。 なんだか、陰影のようなものが映っており、不安を覚えた。 思えば、社内検診で事が始まった。 また、振り出しに戻らなければ良いが・・・。
 12/22(木)
超音波診断の結果が出た。 通常は胆嚢の壁面にあるポリープだが、 胆管の出口のあたり、肝臓側の方に突出した形で1cm程度の影が見える。 超音波でのこのような写り方はめずらしいらしい。 「肝臓と胆嚢の接合組織部分に影があります。  超音波を当てる方向でこのような像に写っているのかもしれませんが、  とにかく、CTあるいはMRでもう一度観てもらった方がよいですね。  市大病院にこの超音波の画像を持っていき、検査してもらって下さい。」 「この胆嚢ポリープが悪性である可能性はあるのでしょうか。」 「この画像を見る限り、浸潤像とは思えません。多分大丈夫だと思います。  胆嚢癌は極めて希です。ただ念のため検査が必要です。」 話題は腎結石に移った。 左の腎臓に1cm大の腎結石がはっきりと写っている。 これが落ちてくると尿道結石となる。 「時限爆弾のようなものでしょうか。」 「まあ、不発の場合もあります。一生何でもない時もありますよ。」 先生は、少し微笑みながらコメントした。 「膵臓の方ですが・・・」 先生が切り出すと、私は少し身構えた。 「超音波で見る限り腫瘤は見えません。大丈夫そうですね。」 私は緊張を解き放ち、呼吸を再開した。 「市大病院から、膵炎の可能性があると指摘されているのですが、  超音波の画像でその傾向が見られるでしょうか。」 「そうですねぇ~。超音波でも膵炎の判定基準があります。」 先生は画像を眺め回しながら続けた。 「膵管の肥大や不正、膵臓の厚み、膵臓の石など・・・。  それらは少なくとも今回の超音波では見られませんね。」 暖かな気分が体中を満たす。 受付で超音波の画像を受け取り、健康管理センターを後にした。
あれから2年  (2006年3月)
 2/24(金)
「会社の検診で胆嚢ポリープが大きくなっていると言われ、  超音波検査の画像を持ってきました。」 私は、会社の健康管理センターで貸し出しを受けたフィルムを 封筒から取り出しながら報告した。 「胆嚢のポリープは小さいものなら、大抵の場合陽性のコレステロールポリープです。  でも、1cm以上あったら癌の確率が高くなります。基本的には無条件に手術ですね。」 先生は、フィルムを眺めながら付け加えた。 「う~む、微妙な大きさですね。」 「外側に出ていると言われたのですが・・・」 私は、健康管理センターで指摘された気になる症状を伝えた。 「外側には出てないですね。外側に出ていたら、進行癌を意味しますよ。」  先生は、多少笑いを含んだようにキッパリと答えた。 なんだか、医師によって解釈がいろいろである。 先生はカルテをめくりながら続けた。 「あれっ?前は7.9mmでそんなに大きくなかったですね。  でもサラッとやった超音波だから100%正確とは言えないけど・・・」 きっと、昨年の6月に簡易的に実施した診断のことだと思うのだが、 でも、7.9mmと10.0mmだと2mmしか違わない。 その程度の差が、良性コレステロールと悪性癌の診断差になるのだろうか? 先生は、フィルムとカルテを交互に眺めて言った。 「これだけでは判断が付けにくいので、  できれば造影剤を注入してのCTを受けてもらえますか?」 私は、自分の方からお願いしようと思っていたことを提案されて内心喜んだ。 前回のCTからもう一年近く経っている。 そろそろ検査してもらいあの影の経過を見たいと思っていた。 「はい、ぜひお願いします。  できれば膵臓の方もターゲットに入れて欲しいのですが。」 「もちろん、それも入れますよ。  血液検査も一緒にやりましょう。  膠原病のマーカと、腫瘍マーカと、一通り全部やっておきましょう。」 ・・・膠原病? 初めて聞くキーワードにたじろいだが、すぐに聞き返せずに次の話題に移ってしまった。 帰宅してネットで検索すると、 『細胞の結合組織に炎症によるよる病変が起こるもので、悪性腫瘍の病気ではない。  副腎皮質ホルモン(ステロイド)が効く』 とある。 この記述からすると、膵炎も膠原病のカテゴリの一種なのかもしれない。 「あれから膵炎の症状は起こしてないんですね。」 「ええ、全く自覚症状はありません。」 「不思議だなぁ~。加藤さんだけですね、こういった症例は。  お腹が痛いといったことは、ここ4ヶ月全くなかったですか?」 「全くありません。便通も良好です。」 「私は今まで20人ぐらい見てきましたが、あれだけの影が消えちゃったのは加藤さんだけですよ。」 先生は、本当に不思議そうに呟いた。 私は、自分の実施してきた療法が好奏していると確信しているのだが、 病院の先生にそれを主張してもあまり意味のある結果にならないと思い押し黙った。 「どうなってんですかねぇ~。でも、これからまたバッと出てくるかもしれませんからね。  CTを撮って1cm以上の胆嚢ポリープがいくつかあったら、外科と相談ですね。」 「わかりました」 結果が悪かったらまた強く手術を勧められるのだろうなぁ~と思いつつも、 まぁ、結果を見てからだと気楽に構えた。 3/10にダイナミックCTを、3/17にその結果診断を予約した。
 3/10(金)
血液検査とダイナミックCTを実施。 検査時間が遅かったため正規の会計窓口が閉まってしまい、救急受付にて会計をした。 閑散とした窓口で会計の処理を待っていると『障害を持ったお年寄りが搬入口で車椅子から転倒した』と、 救命班と思われる男性が報告しに来た。頭を強く打って意識を失っているらしい。 救急受付にいた医師群(多分研修医と思われる)はみな若く、この出来事に対して不自然な興奮をし始めた。 このトラブルを楽しんでいるように見えてとても不愉快であった。 「ドクターコール」が館内に発令され、50名以上の医師や看護婦が窓口にドッと押し寄せてきた。 「何々!?何が起こったのぉ~?」と口々に発しながら駆け付けるその様は、まるで野次馬の群。 とても高度な医療の学識を持った方々とは思えない。 こんな軽薄な光景、見たくなかった。 ふと見るとお年寄りの連れ添いである老婦人が、 窓口の脇にある椅子に背を丸めて腰掛け、失意のあまり手で顔を覆っている。 彼女の肩と足は、不安と恐怖と心細さで震えていた。 これほど多くの関係者が集まってくるのに、誰一人彼女に声を掛けない。 会計を待つ私は、思わず「大丈夫ですか?」と声を掛けた。 見上げた彼女の、その時のすがるような目を私は忘れることは出来ないだろう。 私は、何もして上げられないのだ。 病院は病人の病を治す所。それは百も承知である。 でも出来れば病人本人だけでなく、その周りの「人」も観れるだけの余裕と仁を持って欲しい。 当事者と同じ痛みを持って、病や傷から患者を守って欲しい。そう強く感じる出来事だった。
 3/17(金)
一週間前のダイナミックCTの診断を受けに横浜市大病院へ。 「変わりないですかね?」 内科の扉を開けると椅子に座る間もなく先生は問いかけてきた。 「はい、症状はありません。」 「なるほど。」 先生はCTの所見を眺めながら続けた。 「結果はですね。凄く良好です。膵炎はまったく活動性が無いと言っていいです。  当初あった黒い影もなく、上部にあった炎症の皮膜もない。」 少々危機感を煽る傾向にあるこの先生がこう言うのだから、 かなりの改善を示しているのだろう。 私は念のため確認した。 「肥大していたというソーセイジライクの症状も無いのでしょうか」 「無いです。今は安定した状態にあります。胆嚢ポリープも大きなものは見えません。  確かにいくつかポリープが見えますが、問題になるような大きさのものは無いです。  しばらく様子を見ましょう。」 先生の口調は、完治した患者に向ける平穏感に包まれていた。 確かに目の前のパソコンに写し出されている私の膵臓は健常な形状になっていた。 胆嚢も綺麗に見える。 「そうですか。良かった。ホッとしました。」 私は、ため息を付くように呟いた。 昨年の5月に膵臓炎の疑いを掛けられた際、 私はその自らの症状について考察したことを思い出した。 難病と言われる膵臓癌が、比較的短期間にその影を潜めたことで、 実は自分は癌ではなかったのではないかと思ったこともあった。 しかし、膵臓癌の影が消えるのとほぼ時を同じくして膵臓の肥大が起こった。 私はこう考察したのだ。 『あれはやはり“癌”であった。  癌と闘うために免疫力が膵臓に集中し炎症を起こした。  現在の膵炎の兆候は、ちょうど怪我をした時に体の自然治癒力が働いて、  その周辺にリンパ球や白血球が集積し炎症が起きるのと同じなのではないか。  時間が経てば怪我が自然と癒えていくように、いつか膵炎の症状も治癒するのではないか。』 今回の快方は、この仮設が正しかったことの証ではないだろうか。 癌との戦いの後、その炎症を治すのに1年近くかかったのだ。 「いゃ~、加藤さん。凄いですね。自然緩解ってやつですね。  自然に治ってしまった人も珍しいですけどね。まあ、そういう人がいてもいいですよね。」 ここに来て、この先生もついに生体検査を勧めなくなった。 ・・・何もしなかった訳ではない。私は徹底した食事療法を実施した。 その事を主張すべきかどうか数秒逡巡したが、私ははっきりと言っておくべきだと思った。 その伝播効果がどれ程のものかはわからないけれど、この希なる症例に関して、 “食事療法”というキーワードをこの先生にインプットしておけば、 今後他の患者へのアドバイスに少なからず影響を与える可能性があると考えたのだ。 「徹底的な食事療法はしました。肉も魚も、卵も砂糖も摂らず、ダシさえも  鰹節や煮干しを使わず昆布のみという食事をしばらく続けました。  糖分を避けるという意味で、果実さえも摂りませんでした。  摂取したのは野菜と穀物のみです。」 「う~む。食事療法ねぇ~。加藤さんの場合はそれが効いているのかもしれませんね。  確かに牛肉なんかは膵臓に良くないんですよね。」 「とにかく、今は完全に安定しています。  まあ強いて言えば、腫瘍マーカのCEAが少し高めなんですけどね。」 先生は、血液検査の結果をパソコンの画面に映し出した。 今まで数多くの膵臓癌のマーカを検査してきたが、今回は簡略化しての検査だったようだ。 正常値の指針数値も微妙に変わっている。
マーカ名 正常値 2004
8/25

11/24
2005
3/9

4/20
2006
3/10 (今回)
CA19-9 1~29 3 3 19 4 4
CEA 0.6~3.8 4.7 4.8 5.1 4.9 6.1
白血球 3300~9400 6900 5900 5200 5600 7800
アミラーゼ 43~130 91 133 714 65 72
リパーゼ 14~54 112 195 1411 26 26
IgG 870~1700 - - - - 1207
「確かにCEAはずっと高めですね。」 と私は呟きながら、一年前に外科のU先生が、 『高めのCEA値は加藤さんにとっての正常値なのかもしれない』 と言ってくれたことを思い出し、あまり動揺しなかった。 (後にこの医師が教えてくれたのだが、CEAは喫煙者が高めに出るそうである。  数ヶ月の禁煙で値は顕著に下がるそうだ。このような事態になっても  煙草を止められなかった私への、神の最後の警告なのかもしれない) 「まあ、CEAの6という数字は微妙な値ですけどね。」 目の前の先生も付け加えた。 「胃の検診とかしてますか?」 「4ヶ月程前に会社の成人病検診でバリウムを飲みました。」 「便鮮血検査もやったのですね?」 「はい。共に異常はありませんでした。」 「そうですか。だったら様子を見ましょう。CEAの異常は、まず胃や便に現れます。  それが無いのならまず大丈夫でしょう。とりあえず次回は採血だけにしましょう。  3ヶ月後に、また血液検査で腫瘍マーカをもう一度見せてもらいます。」 「わかりました。」 私は病院の駐車場に向かう道すがら、 先程印刷してもらったダイナミックCTの所見に目を通した。
【所見】
・前回のCTと比較し膵体尾部の腫張は改善し、膵尾部周囲~脾門部にかけて  ごく少量の液体貯留または脂肪縮濃度の上昇が残存しているのみとなっている。
・その他上腹部に新たな病変はみられない。
【診断】
  膵炎の改善
私は微笑みを持って顔を上げ、春の暖かく強い南風を思いっきり吸い込んだ。                   To Be Continued, Forever...

2年前、もしかしたら私がしたためる最後のページになるかもしれないと
本気で思ったこの手記も、この辺でいったん筆を置く時期が来たと感じています。
どうやら私は膵臓癌という樹海からの生還を果たしたようです。
私にとって今回の出来事は、単なる経験以上のものがありました。
今まで癌や死、そして命というものをこれほど身近に感ずることはありませんでした。
この経験を通じて、多くの人と出会い、多くの事を学びました。
そして極限状況における幾多の戸惑いと混迷は、私の思索の幹を太くしてくれた様な気がします。
多くの暖かく心のこもったエールを頂き、人知れず熱い涙を流しました。
今振り返ると、その涙は私の心と体そして精神をも浄化してくれた気がします。
エールを送って頂いた方々の顔が一人ひとり浮かび、心に響いた言葉が木霊します。
(まだ一度もお会いしたことのない、メールでのお付き合いの方の顔さえ浮かぶから不思議です)
心からの感謝を返礼させて下さい。皆さんのお陰で、私は今ここに在ます。
“Weller than well”の言葉通り、私は今、より良く変わった自分を感じることが出来ます。
一体何に感謝すればよいのでしょう? それは・・・自分も含めたすべての存在に!
この全方位的感謝の念を感ずる時、人は極上の至福感に包まれるに違いありません。

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