(a+b)1 = a + bパスカルの三角形拡張 今、2つの項をもつ式を次数を上げながら展開していきます。
これらの展開係数を三角形に並べると以下のようになります。これが「パスカルの三角形」です。 この三角形に並べられた数字には、次のような法則があるのがわかります。 「ある数は、その1つ上の行の隣接する左右の数の和によって求まる」 例えば、上図の赤い部分では、6+4=10 となっています。 どうしてこんな規則性が存在するのでしょうか? この二項式のn乗展開における係数は、 現代の数学では以下のような数式で表現されます。
これは“二項定理”と呼ばれ、右辺の係数 nCr を“二項係数”と言います。 結局、パスカルが見出した“美”は、確率計算で多用される組合せ演算子(Combination)で 表現されます。事実パスカルは、ある賭博師から“賭けを中断した際の公平な配分方法”を 依頼され、その確率計算方法を検討している最中に「パスカルの三角形」を発見したそうです。 この二項係数で「パスカルの三角形」における規則性も簡単に証明できます。 6+4=10 の関係を二項係数を利用して表現すると、 以下のような一般的な漸化式になります。
この漸化式が成立つかどうか、左辺の式を階乗表現にて展開整理して検証してみます。 左辺の第一項の分母分子に r を掛け、第二項の分母分子に (n-r) を掛けることで 通分が可能となり、更に整理を進めると右辺に等しくなることが示されます。
以上のように数式は幾何学的な“美の均整”を論理的に解明する力を持っています。 しかし人が“美”を感じるのは「解明の瞬間」より、むしろ「発見の瞬間」に より強く宿るような気がしてなりません。それは、私自身の体験に基づく感覚です。 これからお話しするのは、私が高校の頃「パスカルの三角形」を拡張した経験談です。
学校で「パスカルの三角形」を教わった私は、その規則性に興味を持ち、 “三項”の場合には、どんな法則が存在するのかという好奇心にかられました。 とにかく、やってみればいいことです。 紙と鉛筆と根気さえあれば誰にでもできる作業です。 私は早速、展開作業を開始しました。(a+b+c)1 = a + b + c
これらの結果を眺めて、私はすぐにこの展開係数の中に 「3つのパスカルの三角形」が含まれていることに気づきました。 そして早速、以下のような三角錐を描いてみたのです。3乗 → 6abcしかし残念なことに、このアイディアは完全ではありませんでした。 この三角錐では記載しきれない係数が存在するのです。 それは次数が上がるほど増えていきました。
やっぱり、この思い付きは失敗だったのでしょうか。 私は多少くじけそうになりました。 しかし、この三角錐のアイディアは、破棄するにはもったいない気がしました。 確かに表現しきれない係数がありますが、もう一押しで真理に到達する気配がしたのです。 「どうにかして完全な描象を得たい」 私は何週間もいろいろな図形を書き散らしました。 そして、ある日ついに閃きました。 三角形が「平面」なら、三角錐は「立体」です。 私は今まで三角錐の表面にのみ着目していました。 しかし「立体」は、その内部に構造を持っているのです。 表現できない係数項は、実は三角錐の内部に配置されるのではないか? これが、私の閃きでした。 そして、問題の係数が見事な均整をもって納まるのを確認したのです。(a+b+c+d)1 = a + b + c + dこの美しい三角錐を描ききった時の感動を忘れません。 私はパスカルの三角形を拡張することができたのです! この三角錐に粋な名前を与えようと思ったのですが、なかなか考えつかず、 しかたなく自分の名前を取って渋々「カトウの三角錐」と呼んでいます。(笑) この「カトウの三角錐」には、「パスカルの三角形」と同様な規則性が あることもすぐに確認できました。 「ある数は、その1つ上の行の隣接する3つの数の和によって求まる」 例えば、上図の赤で示された部分では、4+4+12=20 という関係が成り立っています。 この規則性を数式で確認するため、私は「三項定理」を組み立てることにしました。 そのためには、まず組み合わせ演算子を拡張する必要がありました。 以下が私が勝手に発案した「Combinationの拡張表現」です。
上記の「拡張されたConbination記述」を使えば、 「三項定理」として以下のような式を与えることができます。
そして、三項定理における係数の漸化式は、以下のようになります。
ここで、二項定理の時と同様な方法を使い左辺を展開整理してみます。
見事に、三項定理における漸化式の検証も成功しました。 「カトウの三角錐」は、その一つの断面の中にも美しい規則性があります。 断面の図形は正三角形になるわけですが、その3つの頂点がそれぞれ a,b,c の最高次数項を表します。 そして、それぞれの係数の位置における「頂点との距離」によって a,b,c の次数が決るのです。 例えば、n = 4 の断面を取出してみましょう。
図の赤い点線矢印に注目して下さい。 a4 の頂点から出発して、頂点 a から1つ離れ、かつ頂点 b に1つ近づくと、a3b の項となります。 更に頂点 a から1つ離れ、今度は頂点 c に1つ近づくと a2bc の項になるわけです。 こうして「カトウの三角錐」は、見事に「パスカルの三角形」の拡張に成功しました。 この宝石の結晶のように美しい描像は、私を大変満足させました。 しかし二項定理を三項定理に拡張できるのなら、四項、五項と進めたくなるのが人情です。 そして、最後は「n項定理」という一般系にしてこそ、新しい領域の開拓であり、真の拡張と言えるでしょう。 でも、私は足を止めました。 三角形という「平面」の次に来るのが、三角錐という「立体」だとしたら、 その次に来るのは、どう考えても「超立体」つまり4次元物体です。 確かに、Combination拡張をn元化すれば、「数式」としての「n項定理」表現は可能でしょう。 それは容易に想像が付きます。しかし「パスカルの三角形」のような描像を与えることは出来ません。 そんなわけで、しばらく私はこの問題から離れていました。 「カトウの三角錐」という結論を得たことで、それなりの満足感を得たというのも事実でした。 しかしまたある日、突然と閃きが起りました。 それは、「カトウの三角錐」の断面を以下のように並べた瞬間でした。
確かに「カトウの三角錐」は“立体”です。しかし、その断面は「正三角形」という“平面”です。 という事は、四項定理の“超立体”の断面形状は、“立体”として並べることが可能なのではないか? これが私の閃きでした。そしてその立体は、必ずや「正四面体」であろうと直観しました。 早速、紙と鉛筆、そして今まで以上の“根気”を発動することにしました。
さて、これら四項展開の係数を、結晶のように並べることが出来るでしょうか? 結果は大成功でした。以下のように見事な正四面体の隊列が姿を現したのです!今度は、正四面体の4つの頂点がそれぞれ a,b,c,d の最高次数項を表します。 それぞれの係数位置に関する「頂点との距離」の関係も「カトウの三角錐」と同様に成立ちます。 もちろん、1つ前の次数における隣接する係数の和が、次の次数の係数となる規則性も存在します。 見事な美しさです! けれども、私たち3次元空間で生きる人間に描ける描像はここまでです。 次は、断面形状でさえ「4次元物体」になってしまうからです。 しかし、自らの思索で描像の限界まで達することができたという満足感は、 夜空の星のように、いつまでも私の心の内で輝いているのです。